中国ネット民兵が仕掛ける「サイバー人民戦争」 デジタル空間で蘇る毛沢東の大戦略

2023/08/10
更新: 2023/08/10

過去数十年にわたり、中国共産党は軍・官・民のサイバー人材を利用して、「敵対国」に対し情報戦を仕掛けてきた。サイバーセキュリティの専門家は取材に対し、中共は「ネット民兵」を利用してデジタル版の「人民戦争」を行なっていると指摘した。日本や米国などの政府機関や民間企業は軒並み被害を被っている。

米国の元国防副次官補(中東担当)のシモーヌ・レディーン氏によると、サイバー攻撃に加担する民間のITスペシャリストや研究者、政府職員らは中共軍(PLA)に在籍しないものの、攻撃時には共産党政権の「代理人や傭兵」に変貌する。外国の政府や企業が保有する機密情報を盗み取り、中共に戦略的な優位性をもたらす。

サイバー戦における軍民融合戦略

「中国のサイバー戦略の特徴の一つとして、サイバー領域と市民経済を統合させていることが挙げられる」。こう話すのはタフツ大学のキーラン・リチャード・グリーン研究員だ。中共軍はサイバー領域の様々な分野を民間セクターと協働させることにより、作戦の効果を増幅させているという。

グリーン氏は以前の論文で、中国のサイバー作戦は軍民融合の産物であり、中共軍のサイバー部隊は大きな作戦の一部に過ぎないと指摘した。それを補佐するのが民間セクターであり、いわゆる「ネット民兵」だ。

中国の民兵部隊はもともと、毛沢東が考案した「人民戦争」を遂行する重要なプレイヤーとして組織されたが、戦争のハイテク化が進むにつれ、より専門性の高い人民解放軍に取って代わられた。ネット民兵も1990年代後半から2000年代初頭にかけては、散発的に「作戦」を遂行するただの「愛国的」な中国人民だったが、2002年頃になるとその一部は中共軍に吸収され、または既存の民兵部隊を通じてまとめ上げられたとグリーン氏は語る。

中国の民兵部隊は800万人規模と言われているが、ネット民兵の人数は未だ謎に包まれている。グリーン氏は、公開情報だけで中国のサイバー人民戦争の全容を解き明かすのは困難だが、「ネット民兵」たちは政府機関や情報通信産業、学術機関などに幅広く分布していると指摘した。

人工知能(AI)研究者でソフトウェア工学の博士号を持つサハル・タフビリ氏は取材に対し、中国当局と民間のサイバー工作団体との関係についてほとんど資料が出てこないこと自体が「もっともらしい否認」につながると指摘した。

「敵対国」に対する人民戦争

自由主義に基づく世界秩序に絶えず闘争を仕掛けてきた中国共産党にとって、人民戦争は共産主義イデオロギーを拡散する重要な道具だった。専門家は、毛沢東時代に見られたことが、今日の西側諸国に対するサイバー戦で繰り返されていると語った。

ワイルダー行政・公共問題大学院のベンジャミン・R・ヤング助教授は「フォーリン・ポリシー」誌への寄稿で、毛沢東が1938年に提唱した「戦争遂行のための最も豊な力の源泉は人民大衆にある」という格言は、あらゆる部門の政策立案者に影響を与えたと指摘している。

インドに拠点を置く「Observer’s Research Foundation」のシニアフェローであるサミール・パティル氏はエポックタイムズの取材に対し、中国共産党のサイバー戦のほとんどは民主主義国を対象としたものであり、特に米国の同盟国の選挙期間に重なると語った。「日本や韓国、オーストラリア、インド、台湾、フィリピンといった国や地域をターゲットにした宣伝工作やプロパガンダ、偽情報工作が見られている」

米国とその同盟国が2021年半ばに一堂に会し、中国当局の悪質なサイバー活動を暴露し批判したことに言及した。ホワイトハウスは声明で、中国当局が世界中でサイバー戦を遂行する契約ハッカーを育成していることに深い懸念を示した。さらに、契約ハッカーによる犯罪行為を野放しにする北京当局の姿勢は、身代金の支払いやサイバー防御のための資金など、諸外国の政府や企業、重要インフラ事業者に数十億ドルもの損害を与えていると言明した。

「これらの活動は、特に中国の戦略的競争相手である米国、日本、オーストラリアにとって懸念すべきものである。中国のサイバー戦は、アジア太平洋地域等における影響力拡大戦略の一環とみなされている」と前出のレディーン氏は述べた。

失業保険金を狙う中国ハッカー

中国当局の支援を受けたハッカーたちによる経済的被害も報告されている。

米国では昨年、「APT41」と呼ばれるサイバー犯罪集団によって、米国の十数州における中小企業局の融資金や失業保険資金、コロナ救済資金などおよそ2000万ドル(約28億7583円)以上が盗まれた。

これは中国ハッカーが米国政府の資金を狙った最初の事件として知られている。米国がサイバー空間で優位に立ち、サイバー攻撃能力が他国を凌駕しているにもかかわらず、事件は起きたのだ。

米国のシークレットサービスは米メディアNBCへの声明で、APT41を「中国の国家当局の支援を受けるサイバー攻撃グループ」と明言している。

FBIによると、日本やオーストラリアもAPT41の攻撃対象であり、韓国や台湾、インドなどの電気通信プロバイダーが標的となっている。

サイバーセキュリティ企業ファイヤーアイは、APT41について調査した報告書の中で、当該グループは国家の支援を受けるスパイ活動と、金銭的動機に基づく独自の活動とを並行して行っていると指摘した。さらに、「APT41のスパイ活動の標的は、概して中国の経済発展5カ年計画と一致している」と述べた。

サイバーセキュリティ企業の「クラウドストライク」が2021年に行った調査によると、中国が世界全体の国家支援型サイバー攻撃の3分の2を占めていることが判明している。イギリスのシンクタンク国際戦略研究所(IISS)は調査報告の中で、中国のデジタル技術の向上により、中国は米国と比肩しうるサイバー領域での能力を獲得しつつあると結論付けた。

人権団体への攻撃

中国共産党の「サイバー人民戦争」は、世界中で活動する人権団体をも標的にしていると専門家は指摘する。

レディーン氏は、中国共産党はサイバー戦を政治的・戦略的な目的を達成する手段と見做しており、「中国当局はSNS等のプラットフォームでのプロパガンダを拡散することで、人権団体などに対しサイバー戦を仕掛けている」と述べた。

世界的な情報企業であるレコーデッドフューチャー社(Recorded Future)が昨年発表した報告書によると、中国当局の支援を受ける「レッドアルファ(RedAlpha)」というグループは過去3年間、人権団体やシンクタンク、報道機関、政府機関などを標的にサイバー攻撃を繰り返していた。

報告書によると、レッドアルファはアムネスティ・インターナショナルやラジオ自由アジア(RFA)、メルカトル中国研究所(MERICS)、台湾アメリカ研究所(AIT)などの組織を装って数百のドメインを登録し、攻撃のために使用していたという。

強化される中共のサイバー戦力

近年、中国は欧米諸国以上の早いペースでサイバー攻撃能力を高めている。

FBIのクリストファー・レイ長官は4月27日、下院歳出委員会の商業・司法・科学・関連省庁小委員会で、FBIの捜査官や情報分析官がそれぞれ中国だけに焦点を当てたとしても、中国のハッカーは米国のサイバー担当者を50倍以上の数的優勢で圧倒していると述べた。

パティル氏は「中国は、他の多くの国々と比べて、サイバー領域をはるかに戦略的に見ている」とし、これは中国が民主主義諸国をターゲットとする能力に長年投資してきた結果だと指摘した。

こうした中、AI専門家のタフビリ氏は、AIの進歩によりサイバー戦はより致命的なものになると考えている。例えば、標的となるシステムの脆弱性を発見し特定する作業をAIで自動化することができれば、より効率的にサイバー攻撃を行うことが可能となる。

タフビリ氏は、中国がAIの研究開発に注力するにつれ、「AIの倫理規範が国際社会にとってますます重要になるだろう」と指摘。「AIがサイバー戦に組み込まれるにつれ、戦争やスパイ活動におけるAIの倫理的利用をめぐる問題は、より差し迫ったものになるだろう」と懸念を示した。

*一部記事内容を追加しました。

インドと南アジアの地政学を専門とする記者。不安定なインド・パキスタン国境から報道を行なっており、インドの主流メディアに約10年にわたり寄稿してきた。主要な関心分野は地域に立脚したメディア、持続可能な開発、リーダーシップ。扱う問題は多岐にわたる。