【寄稿】クリミアをめぐる地政学と日本の苦労

2023/07/26
更新: 2023/12/02

米国の逡巡

NATO首脳会議で、結局ウクライナの加盟の時期は決まらなかった。NATOは集団防衛同盟であるから、戦時下にあるウクライナをNATOに加盟させれば、直ちにNATOとロシアの戦争へと発展せざるを得なくなる。ともに核兵器を保有しているから、全面核戦争になる公算大である。

それを避けるためには、戦争が終わったら加盟させるという約束しかできない。では、戦争は、いつ終わるのか?これがはっきりしない以上、加盟の時期を明言することは出来ないのである。

だが米国は水面下でウクライナから停戦の時期について言質を取っている。先に触れた6月のバーンズCIA長官のウクライナ訪問時に、年末までにロシアと停戦交渉に入ると、ゼレンスキー氏は明言したのだ。

クリミア半島の境界線まで奪還して」というのは、ウクライナの希望であって、米国にとっては実はどうでもいいことだ。米国は最悪の事態を避けるため、ロシアの動きを黙認するだろう。

クリミア半島の地政学

クリミア半島にはロシアの軍港セバストポリがある。19世紀に建設されロシア黒海艦隊の司令部が置かれ、冷戦終了後もクリミア半島がウクライナ領でありながら、ロシア海軍はここを維持してきた。これにより黒海はロシアの制海権下にある。

2008年にウクライナはロシアの軛から離れ、NATOに加盟する意向を明らかにした。セバストポリを失いたくないロシアは2014年にクリミア半島を占領してロシア領にした。

だが、これによりウクライナは反露的姿勢をあらわにし始め、クリミア半島が孤立することを懸念したロシアは昨年、ウクライナ東部と南部を占領して、クリミア半島とロシアを陸続きにしたのである。これがいわゆるクリミア回廊の占領である。

従って、もしウクライナがクリミア半島の境界線まで奪還すれば、クリミア回廊は失われ、クリミア半島は孤立し、最終的にセバストポリは無力化され、ロシアは黒海の制海権を失うことになる。

もしそうなれば、プーチン政権は崩壊し、ロシアそのものが分裂の危機にさらされよう。プーチン政権にとって、それは最悪の事態であり、最悪の事態を避けるためには、あらゆる手段を使うだろう。つまり核兵器の使用である。

米国としては、核戦争だけは絶対に避けなければならないわけだから、ウクライナの希望をかなえてやるわけにはいかない。そしてロシアに核兵器を使用させないためには、クリミア半島とクリミア回廊をロシアに譲って停戦させたいと言うのが本音だろう。

NATO首脳会議では、「戦争が終わったら加盟できる」と強調されたが、米国としては「早く停戦しろ、停戦しなければ加盟はありえないぞ」とウクライナに停戦勧告をしたのだ。

ここで岸田総理の出番となる。日本は殺傷兵器の供与はしないが、復興支援なら莫大な資金を提供できる。だが戦争が続いていれば、復興は本格化できない。停戦すれば、日本が莫大な復興支援を投入する。バイデン大統領は岸田総理を使って、ゼレンスキー氏の鼻の前にニンジンをぶらさげたのである。

利用された日本

日本もウクライナ和平のために一肌脱いだことになろうが、その見返りはバイデン大統領の誉め言葉だけだった。

NATO首脳会議には、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドが招待された。NATOが中国の海洋進出に対応する目的のもと、4か国と連携することに意義がある。

ところが、NATOの東京連絡事務所開設の件は見送りとなった。中国に接近しているフランスが開設に反対しているためだが、そこには利用できるものは徹底的に利用し、しかしよそさまの面倒には巻き込まれたくないという老獪な欧米の姿勢が明白だ。

日本はまたも利用され、それにふさわしい見返りを一切与えられなかったのである。

(了)

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。
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