かつてナチス・ドイツの宣伝大臣であったゲッペルスは「ウソも百回つけば真実になる」と言ったという。
その方法を、現代も踏襲する政権がある。最近、中国共産党(中共)の官製メディアである「人民網」および中共傘下にある海外の宣伝メディアが、「中国人の幸福感は91%で、世界最高だ」とする世論調査の結果を大々的に報じている。
中国人が「世界で一番幸せ」なのか?
中共メディア「人民網」20日付の記事では国際世論調査会社イプソス(Ipsos)が行った調査を引用して、「自分は幸福だと考える人」の割合が32カ国の中でも中国が「最多の91%」と報じた。つまり「(主観的な)幸福感」としては、中国人の9割以上が幸せを享受している、というのだ。
この話題は、瞬く間に中国SNSなどのトレンド上位に入るとともに、大いに物議を醸すものとなった。
確かに「そうだ。中国人が世界一幸せだ」と同意するコメントがある。しかし一方では「いったい誰を対象に調査したのか?」など、この「世論調査」の信憑性について、中国国内からも懐疑的な声が少なくない。
同調査に疑問を呈する声は、もちろん海外でも多い。日本でも、この調査結果に関する記事が出回っている。日本のネットユーザーからは「笑わせる。あの中国が幸福か?」「不可解だね」「何も知らないことが、一番幸せなのかも」「北朝鮮の国民と同じだ」など、冷ややかなコメントが多く寄せられている。
プロパガンダと分かる「出来過ぎた記事」
言うまでもなく、この「中国人の幸福度は世界最高」のような出来過ぎた記事は、中国国営メディアやCGTN(中央電視台のグローバルテレビ)など、中共メディアから発せられた、いわゆるプロパガンダ記事だ。
多くの場合、中共が自前のメディアを利用してばら撒くプロパガンダは、断片的には「確かな根拠」を散りばめてあるため、全体としては、さも「真実」に見えるように巧妙な細工が施されている。
中国時事評論家の唐浩氏は、そうした中共のプロパガンダに騙されないために「(中共が引用する)世論調査などについては、数字的な結果だけでなく、その調査方法やサンプリング方法なども考慮すべきだ」と指摘する。
中共が引用したイプソス社による調査は、昨年12月22日から今年1月6日までの間に、オンライン調査プラットフォームを通じて32カ国の成人2万2508人を対象に行われたものである。回答者の人数は国によって異なるが、日本は2000人、中国は1000人だった。
さらに中国の回答者の場合は、いずれも「教育水準が高く、経済的にも裕福な都市在住の市民」だという。そうすると、李克強前首相が以前うっかり口を滑らせた「月収1000元未満の6億人」という貧困層は、間違いなくこの調査対象に含まれていない。
「イプソス社の調査は、中国社会におけるエリートを対象にした幸福度調査だ。明らかにサンプリングが偏っており、中国人民全体を代表できない」
「しかもこの調査は、中共が厳しく監視するオンライン上で行われたものである。そのため、回答した民衆も当局の追跡や報復を恐れて、迂闊なことを言えないだろう」と唐氏は指摘する。
「幸福でない人」があまりに多い中国
唐氏はまた「もちろん、全ての中国人が本当に幸せであることを心から願っている」としながらも、「月収1000元しかない高齢者。鎖でつながれた徐州の八児の母。唐山で殴られた女性たち。死体で見つかった胡鑫宇君の家族も幸せなのだろうか」と問いかけた。
唐氏のコメントに補足する。「鎖の女性」の事件とは、中国江蘇省の農村で昨年2月、少女の頃に拉致され人身売買されてきたと見られる中年女性が発見された事件である。
ボランティアの人権団体に発見された当時、女性は首に鎖が巻かれた状態で、氷点下の離れの小屋に監禁されていた。女性は、8人の子供を「生まされた」だけでなく、夫の了解または黙認のうえで、地元政府の複数の役人に凌辱されたと見られている。
「唐山の集団暴行」事件は、昨年6月、河北省唐山市の焼肉店で食事中の女性客に対し、無頼漢が集団暴行を加え、歯が折れるほどの重傷を負わせたもの。地元警察の甘すぎる処置をきっかけに、中国に蔓延する官民癒着の問題に議論が集中した。
さらに「胡鑫宇事件」とは、江西省鉛山県で昨年10月に失踪した15歳の高校生、胡鑫宇さんが今年1月28日、変死体となって発見されたもの。
地元警察は、本人の意思による「首吊り自殺」と断定し、わざわざ記者会見まで開いた。しかし、状況証拠などに矛盾点が多いことから、地元警察ぐるみの、臓器収奪目的をふくむ「他殺」の疑いがもたれている。
中国の幸福度「本当は64位ではないか」
いっぽう、米国ギャラップ社の調査データに基づいて国連の「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」がまとめている権威ある今年のランキングによると、中国の幸福度は64位。香港は82位だった。
今月20日の「国際幸福デー」に合わせて発表された「世界の幸福度ランキング2023年版」によると、6年連続で「世界一幸福な国」となったのは北欧のフィンランドで、近隣のデンマーク、アイスランド、スウェーデン、ノルウェーも上位を維持している。
米国は15位で台湾は27位。日本は、昨年のランキングより7つ順位を上げて47位であったが、主要7カ国(G7)のなかでは最下位となった。
このギャラップ社の調査は、単年ではなく過去3年間の平均値が使用されている。こちらは原則として回答者数は各国1000人ずつだが、中国やロシアのような大国ではサンプル数を2000人にしている。調査対象者は、あらゆる階層から選ばれるが、どちらかというと一般庶民に重きを置いている。
唐氏は、イプソス社の「中国社会におけるエリートの幸福度91%」より、ギャラップ社の「中国64位」のほうが信頼できるだろう、と述べた。
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