アングル:戦争がウクライナを汚染、世界の「食糧庫」深刻な打撃

2023/03/03
更新: 2023/03/03

[ビロゼルカ(ウクライナ) 1日 ロイター] – 昨年11月にウクライナが南部の要衝ヘルソン州をロシアから奪還したのに伴い、この地で営んでいた穀物農場に戻ってきたアンドリー・ポボドさん(27)が目にしたのは一面の廃墟だった。2台のトラクターは見当たらず、小麦の大半は消え去り、収穫物貯蔵用の建物と作業用農機全てが爆撃で破壊されていた。

こうした光景はロシア軍による砲爆撃による被害の実態をあらわにしたが、同時に1年にわたる戦争は、「欧州の大穀倉地帯」と称されるウクライナの肥沃な土壌に目には見えない打撃ももたらしている。

ヘルソンから採取した土壌サンプルを調べた科学者は、水銀やヒ素といった、弾丸や燃料からしみ出た有害物質が土を汚染している事実を発見した。

ウクライナの土壌科学・農業化学研究院の科学者チームがサンプルや衛星画像を調査した結果、これまでにウクライナ全体で少なくとも1050万ヘクタールの農地で土壌の質が悪化したと推定されている。これはなおロシア軍に占領されている地域を含め、ウクライナの全農地の4分の1に達する。

ポボド氏はドニエプル川から約10キロ離れたヘルソン州ビロゼルカ近くにある農場を歩きながら「われわれが暮らす地域にとって非常に大きな問題だ。この地は非常に土が良く、もう一度生み出すことはできない」と頭を抱えた。

ロイターが25人前後の土壌分析科学者や農家、穀物企業関係者、その他専門家に取材したところ、汚染物質や地雷の除去、破壊されたインフラの復旧など穀倉地帯が受けたダメージを復旧する作業は数十年単位となり、この先何年も食糧供給がおぼつかなくなる恐れがあるとみられていることが分かった。

砲爆撃は穀物の栄養素となる窒素などに変えてくれる地中の微生物の生態系をかき乱し、戦車が土を押し固めたことで植物が根を張るのを難しくする、とも科学者は指摘する。

一部の土地は地雷が埋設され、まるで第一次世界大戦の戦場のように塹壕や砲弾孔で形状自体が変容してしまった。複数の専門家の話では、これらはもう二度と農業生産に利用できないかもしれない。

<失われた豊穣さ>

戦争前まで、ウクライナのトウモロコシ輸出は世界第4位、小麦輸出は同5位の規模で、特にアフリカや中東の比較的貧しい国への主要な供給元だった。

ただ1年前、ロシアのウクライナ侵攻によって平時の穀物輸送ルートだった黒海沿岸の港が閉ざされたため、世界の穀物価格高騰につながった。

土壌科学・農業化学研究院のスビトスラフ・バリューク所長はロイターに対し、戦争被害によってウクライナの年間穀物収穫量の減少幅は1000万―2000万トン、つまり戦争前の収穫総量6000万―8900万トンの最大3割強になった恐れがあるとの試算を示した。

土壌破壊だけでなく、ウクライナの農家は至る所に残された不発弾、かんがい設備やサイロ、港湾施設の破壊という問題にも悩まされている。

ウクライナの穀物生産最大手企業の一角を占めるニブロンのアンドリー・バダチュルスキー最高経営責任者(CEO)は、地雷除去だけでも30年かかると見込んでおり、国内農家が事業を続けるためには至急金融支援が必要だと訴えた。

同氏は「今は価格の高さが問題視されているが、食料を手に入れることはできる。だが1年後には、何の解決策も講じられないとすれば、食料不足が起きるだろう」と警告する。

土壌科学・農業化学研究院によると、最も深刻な痛手を受けたのは「チェルノーゼム(黒土)」と呼ばれる非常に養分が多い土壌だ。チェルノーゼムは他の土壌よりも腐植土やリン、窒素といった成分の含有量が多く、最も深い場所で地中1.5メートルまで広がっている。

同研究院のバリューク所長は、戦争による有害物質の増加や微生物の密度低下で、既にトウモロコシの種子が発芽するのに必要なエネルギーが地中から推定で26%減少しており、収穫量減少につながっていると明かした。

<第一次大戦の悪夢>

ウクライナ政府が立ち上げた土壌科学者の専門部会は、全ての地雷を除去し、ウクライナの土壌を健全な状態に戻す費用を150億ドルと見積もった。

バリューク氏の見立てでは、復旧に要する期間はその土地の汚染度合いによって短くて3年、長ければ200年を超える。

また第一次世界大戦が土地に及ぼした被害が参考になるなら、一部の地域は永遠にも元通りにはならないだろう。

米国のジョセフ・フーピー氏とランダル・シェツル氏という2人の学者が2006年に戦争の土壌に対する影響の研究結果を示しており、目に見えない被害の1つとして爆撃による地下水深度が変わり、植物の生育に欠かせない地中すぐ下の地下水脈を消してしまう現象を挙げた。

第一次大戦の激戦地となったフランス・ベルダン近くでは、戦前に穀物の農地や牧草地だった幾つかの場所が砲弾孔や不発弾のため、それから100年以上経過しても農業に使えなくなっている、とフーピー氏ともう1人の学者が08年の論文で指摘している。

フーピー氏はロイターに、ウクライナの耕作適地の一部もまた、土壌汚染や地形変化が原因で永遠に穀物生産ができなくなるのではないかとの見方を示した。ほかの多くの農地も、大規模な土木作業で土地を平面に戻し地雷も除去しなければならないという。

第一次世界大戦による土壌汚染を研究するカンタベリー・クライストチャーチ大学のナオミ・リンタウル・ハインズ氏も、ウクライナでも同じように土壌が回復不能なダメージを受けつつあるのではないかと心配している。

例えば鉛は、地中の蓄積量が半減するまで700年かそれ以上かかる。リンタウル・ハインズ氏は、こうした土地で育つ植物には多くの有毒物が含まれ、人体に悪影響を与えかねないと述べた。

同氏は、第一次大戦は4年続いた一方でウクライナの戦争はまだ1年だが、鉛は依然として多くの近代兵器の主要な原料の1つだと付け加えた。

<難航する地雷除去>

米国務省の兵器除去部門で欧州関連プログラム管理を担当するマイケル・ティーレ氏は、ウクライナ政府の見積もりとして、領土の26%に存在する地雷と不発弾を片付けるには数十年かかる公算が大きいと話した。

ウクライナ南東部であるアンドリー・パスチュシェンコさん(39)の家畜飼料農場も、砲弾孔やロシア軍が作った待避壕で穴だらけのありさまだ。

しかもウクライナが昨年11月にこの地域を奪い返した後も、ドニエプル川の対岸からロシア軍の砲撃は続き、毎日新しい砲弾孔や不発弾が農場で生み出されているという。

パスチュシェンコさんは「全てをきれいにして業務を継続するには何カ月か、何年も必要になる」と語りつつ、この場所が最前線なので誰も助けにこないと嘆いた。

ヘルソン州の軍事当局の広報担当者は、専門的な要員が限られているため、同州の農場では今のところ地雷除去作業は実施されていないと認めた。

ニブロン幹部はロイターに、外部の支援がほとんど得られないことから、同社はウクライナ南部の地雷を除去する小規模なチームを立ち上げたが、取り組み期間は数十年にわたるとの見通しも示した。「ニブロンにとって極めて深刻な問題になっている」という。

(Rod Nickel記者)

1年にわたる戦争は、「欧州の大穀倉地帯」と称されるウクライナの肥沃な土壌に目には見えない打撃ももたらしている。写真はアンドリー・ポボドさんの農場で、穀物袋の上にあるがれき。2月20日撮影(2023年 ロイター/Lisi Niesner)
1年にわたる戦争は、「欧州の大穀倉地帯」と称されるウクライナの肥沃な土壌に目には見えない打撃ももたらしている。写真はアンドリー・ポボドさんの農場で、穀物袋の上にあるがれき。2月20日撮影(2023年 ロイター/Lisi Niesner)
1年にわたる戦争は、「欧州の大穀倉地帯」と称されるウクライナの肥沃な土壌に目には見えない打撃ももたらしている。写真はアンドリー・ポボドさんの農場で、穀物袋の上にあるがれき。2月20日撮影(2023年 ロイター/Lisi Niesner)
1年にわたる戦争は、「欧州の大穀倉地帯」と称されるウクライナの肥沃な土壌に目には見えない打撃ももたらしている。写真はアンドリー・ポボドさんの農場で、穀物袋の上にあるがれき。2月20日撮影(2023年 ロイター/Lisi Niesner)
Reuters
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