焦点:中国の「デジタルシルクロード」、アジアで監視拡大の懸念

2022/09/27
更新: 2022/09/26

[プノンペン 19日 トムソン・ロイター財団] – ドローンから身を隠すのは難しい。カンボジアの都市プノンペンにあるカジノナガワールド」の外では、プラカードを掲げ、スローガンを叫ぶデモ隊の上空で、ドローンはかすかなうなりを上げながら、正義を求める発言者1人1人の頭上に静止している。

ナガコープが経営するホテル・カジノ複合施設が入ったガラス張りとクロムメッキの高層ビルの外で、数百人の労働者が、昨年解雇された従業員約400人の復職を要求してストライキを続けていた。武装した機動隊と監視カメラが、その様子をじっと見張っている。

「録画されていることは分かっているが、どうすることもできない。せいぜいドローンに向かって手を振るくらいだ」と語るのは、組合指導者のチヒム・シター氏(34)。シター氏は1月の抗議行動で十数人の仲間とともに逮捕され、9週間勾留された。

香港証券取引所に上場するナガコープは、12月に始まったストライキは違法であり、解雇はコロナ禍でのコスト削減を目指した「合意による別居計画」だったと述べた。

現地警察はこの従業員ストライキは違法で、公共の秩序と安全に対する脅威だと述べた。警察は一部のデモ参加者を「重大な治安の混乱を引き起こそうと扇動した」容疑で起訴した。

チヒム・シター氏をはじめとするカンボジアの人権活動家は、自分たちは絶えず監視されており、ソフトウェアや監視カメラ、ドローンがオンライン・オフラインを問わず、彼らの行動を全て追跡していると語る。

こうした技術の多くを提供しているのが中国で、「一帯一路(中国の広域経済圏構想)」インフラプロジェクトの一環として、大量のデジタル監視システムを各国政府に売り込んでいる。

習近平主席が「一帯一路」構想を立ち上げたのは2013年。中国の強みである豊富な資金とインフラ構築能力を活かして、アジアからアフリカ、ラテンアメリカへとまたがる「共通利益で結ばれた広範な共同体を構築」することが狙いだ。

プノンペンの地元メディアによる報道では、中国は新たな全国規模の監視システムの一環として、同市に1000台以上の監視カメラ(CCTV)を設置したとされる。

カンボジア政府のフェイ・サイファン報道官は、この技術が活動家や組合指導者らを標的として使用されていることを否定。トムソン・ロイター財団に対し「CCTVなどの監視用インフラは治安維持目的であり、犯罪や交通違反、その他の違法行為を取り締まるためのものだ」と述べた。

<強まる中国の影響>

当局が治安維持を理由に監視を正当化する一方で、人権団体は、監視用インフラは広く公に意見を求めないまま設置されることが多いと指摘。強力なデータ保護法がない状況では、プライバシー侵害や個人情報の分析(プロファイリング)、差別などの問題につながる可能性があると懸念する。

「一帯一路」構想の参加国は、中国で少数民族のウイグル族を弾圧するために使われているとされる人工知能(AI)ベースの顔認識システムなどの技術を、「スマート警察活動」や「スマートシティ」といった計画のために利用。ソーシャルメディアサイト監視のためのデジタルツールも使っている。

ワシントンを拠点とするシンクタンク「カーネギー国際平和財団(CEIP)」のスティーブン・フェルドスタイン上席研究員は「こうしたツールは、反体制派に対する追跡や威嚇、政敵の監視、政府への抗議行動の事前探知のための新たな可能性を生んでいる」と語る。

「独裁体制のもとでは、こうしたツールは明らかに抑圧を深刻化させる危険性がある」とフェルドスタイン氏は言う。AIを利用した中国の監視技術は50カ国以上の「一帯一路」参加国で展開されていると同氏は推測している。

中国の「一帯一路」構想の重要な柱が、いわゆる「デジタルシルクロード」。古代の交易路シルクロード沿いにある国々で、現代的な電気通信やデータインフラを構築しようという取り組みだ。

米シンクタンク「民主主義を守るための同盟」(ASD)の最近の報告書によると中国は、ハイテク企業による海底ケーブル敷設、データセンターや携帯電話の中継塔の建設に始まり、データと情報の流通管理のための中国のサイバー関連法やインターネット・ゲートウェイの模倣に至るまで、多岐にわたり関与しているという。

ASDで最新技術を研究するリンゼイ・ゴーマン上席研究員は「遺伝的監視情報であれ、政治的見解や活動に関する情報であれ、中国がこうしたシステムを通じてデータを蓄積できるようになりかねないというリスクがある」と語る。

<「誰もが恐れている」>

軍事政権下のミャンマーでは昨年、民主的に選ばれた政権が軍部により覆され、抗議行動や反対派に対する流血の弾圧が始まった。中国企業はこの国でも、複数の都市において第4世代(4G)・第5世代(5G)ネットワークのほかに顔認識システムを展開している。

ミャンマー軍事政権は中国に似たサイバー法制を採用し、特定のウェブサイトへのアクセスを制限し、フェイスブックやツイッターといったソーシャルメディアを禁止している。

ミャンマー当局者は以前、顔認識システムは治安と「市民の安寧」を維持するために必要だとの見解を示していた。

だが、同国第2の都市マンダレーで政治犯への法的支援を行っているシュー弁護士(26、仮名)によれば、抗議活動参加者を標的としたCCTVや顔認識システムの活用を巡る報道で「恐怖感が増した」という。

「警察はCCTVの記録を法廷の証拠として提出するため、活動家にとって危険であることは分かっている」とシュー弁護士は語る。「投獄された活動家に面会するため刑務所に行く際は、マスクを着用するようにしていた。新型コロナを恐れているからではなく、顔を隠したいからだ」

同弁護士はなおも言った。「誰もがCCTVを怖がっている」

<常に監視下に>

世界的にも、AI技術の台頭により大規模な監視システムが増殖中だ。顔認識システムや音声識別システムなどが、犯罪者の追跡や学生の出席確認といったさまざまな用途に用いられている。

「このような技術によって、政府による監視手法の性質や監視対象の選択は変化した」とフェルドスタイン氏は語る。

カンボジア当局は、中国がウェブサイトやSNSのブロックに使っているファイアウオールに似た全国規模のインターネット・ゲートウェイを構築している。非営利団体「カンボジア人権センター」のチャック・ソピープ氏は、このようなシステムには透明性がほとんどないと指摘する。

「収集したデータやその利用方法について、政府は何の情報も開示していない。こういった透明性の欠如には非常に問題がある」と同氏は語る。

「この種の技術の利用は市民の、特に政権を支持しない市民のプライバシーを侵害し、当局が批判的な声や反体制派を弾圧するための新たな手段となっている」

プノンペンでは労組指導者のチヒム・シター氏を中心とする抗議活動参加者らが対応を進めている。対面による会議を増やし、その際は携帯電話も電源を切る。仮想プライベートネットワーク(VPN)や暗号化されたチャットグループを使用し、ソーシャルメディアへの投稿を避けるようにしている。

「常時監視され追跡されているという感覚は、とても疲れる」とシター氏は言う。

「何をしても警察に筒抜けになる。恐ろしい」

(Rina Chandran記者 翻訳:エァクレーレン)

Reuters