11月7日の衆院予算委員会で、高市早苗首相は野党議員から中国・台湾紛争時の日本軍事態勢について質問を受けた。過去の首相同様の定型的な表現でまず答えた後、その紛争が2015年に高市氏が師と仰ぐ安倍晋三元首相が制定した防衛法上の「存立危機事態」(軍事行動の要件)に該当するかを追及された。高市首相は「状況次第だが、海上戦闘が発生すれば該当する可能性がある」と答えた。
台湾は中国沿岸から約100マイル離れた島である。日本は複数の島からなる国で、最西端の領土は台湾からわずか68マイル(約110km)、サンディエゴとロサンゼルスの距離の半分である。日本は約5万人の米軍と最新の航空機を駐留させている。
台湾海峡は中国と台湾の間の狭い水域だが、数兆ドル規模の貿易が通過しており、中国・台湾間の紛争は国際商取引に深刻な混乱をもたらすと広く予想されている。
中国共産党(中共)の党首・習近平は「台湾統一」を最重要目標とし、目標達成のために武力行使を排除することを繰り返し拒否している。
高市首相の発言は、朝日新聞をはじめとする日本主要メディアで取り上げられ、中国高官の不穏な反応を国際関係当局者が問題視する事態となった。これをきっかけに、国連での衝突を含む一連の日中外交の対立が次々にエスカレートした。
11月8日:削除されたX投稿
大阪総領事の薛剣(せつ・けん)は11月8日、Xで「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟ができているのか」と投稿した、と朝日新聞が報じた。薛剣の投稿は翌日の11月9日には閲覧不能となった。
薛剣は別の投稿で、「全く仰る通り、『台湾有事は日本有事』は日本の一部の頭の悪い政治屋が選ぼうとする死の道だ。 日本国憲法どうのこうのはともかく、それ以前に中日平和友好条約の法的義務に違反し、第二次世界大戦勝利の成果の一つである台湾の中国復帰を無視し、敗戦国として果たすべき承服義務を反故にし、国連憲章の旧敵国条項を完全忘却した余りにも無謀過ぎる試みだ。くれぐれも最低限の理性と遵法精神を取り戻して理性的に台湾問題を考え、敗戦のような民族的潰滅を喰らうことが二度とないようにしてほしい」と述べた。
薛剣は高市首相を名指ししなかったものの、朝日新聞の高市発言記事を引用した投稿のスクリーンショットから、その標的は明白だ。ジョージ・グラス駐日米大使がこのスクリーンショットをXで共有した。
北京は謝罪や撤回をせず、削除投稿は個人的なものだと主張した。
日本側の抗議
11月10日、木原稔官房長官は、薛剣の「極めて不適切」な発言に対し北京に強い抗議をしたと記者会見で語った。日本の外務省と在中国日本国大使館は薛剣の発言の即時撤回と説明を求めた。
11月10日:高市首相、発言擁護
高市首相は11月10日、発言は「最悪の場合」を想定したものであり、日本の方針に逸脱するものではないと述べた。「政府の従来の見解に沿ったもの」と国会で語り、撤回はせず「今後、特定のケースを想定したことをこの場で明言することは慎む」とした。茂木敏充外務大臣は11月16日の会見でこの立場を繰り返し、「国際法に全く反しないため、従来の発言を撤回する必要はない」とした。
11月11日:日本議員、中国高官追放支持
自民党は11月11日、中国の駐大阪総領事・薛剣に対し、ペルソナ・ノン・グラータ宣言による追放を含めた対応を政府に求める決議を採択した。決議は北京側が是正しない限り追放を主張し、薛剣の発言を日本国民全体への侮辱、日中関係の深刻な悪化要因と強く非難している。
11月11日:中国国営メディア、攻撃強化
中国メディアは高市氏への攻撃を強め、国営放送CCTVは11月11日の社説で日本の首相が「一線を越えた」と非難した。
CCTV関連のソーシャルメディアアカウントは、微博など複数の人気のある中国プラットフォームに別途投稿した論評で、首相がこのような発言を続けると「代償を払うことになる」と述べた。
11月12日:言葉を強める中国
中国駐日大使館報道官は11月12日、高市首相の「存立危機事態」発言を第二次大戦中の満州侵攻に例えて批判した。
同日、中国外交部報道官は「台湾光復80周年」を強調し、日本に対し慎重な対応を求め、「誤ったシグナル」を台湾に送らないよう警告した。
11月13日、中国外交部報道官は日本が「挑発的発言」を撤回しないなら「絶対に容認しない」と述べ、「日本が戦後国際秩序を転覆しようとしている」と非難し、全ての結果責任は日本にあると主張した。
11月14日、中国国防部は日本が台湾問題に武力介入すれば「粉砕的敗北」と「重い代償」を強いられると警告した。
近年、北京はインド太平洋地域、特に台湾周辺で軍事活動を活発化させており、国際社会から非難を浴び、米国同盟国による共同軍事演習を誘発している。
11月13日:中国、日本大使召喚
中国外交部は11月13日、金杉憲治駐中国日本国大使を召喚し、高市発言の撤回を要求した。外務次官の孫衛東は台湾は中共政権にとってレッドラインであり、干渉すれば「中国は必ず反撃する」と地元メディアに語った。
11月14日:日本、中国大使召喚
日本の外務省は11月14日、在日中国大使の呉江浩を召喚し、薛剣の「極めて不適切」な発言に再び強い抗議をした。外務省発表では両者の立場を明確にしたが、具体的な行動には踏み込まなかった。
北京、日本便キャンセル
中国当局は日本への渡航自粛を呼びかけ、環球時報は乗客不足により日中間全便がキャンセルされたと報じた。中国は過去にも観光客を経済的圧力として利用した前例がある。
11月15日:中国海警、日本近海巡航
11月15日、中国海警局の船舶4隻が尖閣諸島周辺の日本の領海に侵入した。日本が有効支配する無人島である尖閣諸島を北京は自国領土と主張している。中国海警局はこれを「領海内での合法的な執行巡視権行使」と主張する声明を発した。
11月16日:北京、日本留学警告
11月16日、中国当局は日本の治安不安定と中国人狙いの犯罪多発を理由に、日本への留学を「慎重に検討する」よう学生らに警告した。これに対し、日本国内の大学は地元メディアを通じて「事実無根」と反論し、留学生受け入れ環境の安全性を強調した。
11月17日:日本、対話継続
11月17日の会見で、木原官房長官は中国の日本渡航警告を「日中関係に非建設的」と批判した。
「首脳間で確認した戦略的互恵関係の推進や、建設的・安定的な関係構築に反する」と指摘し、中国側に適切な対応を強く求めた。
日中当局間の日常連絡は継続中だが進展はなく、同日、外務省の高官・金井正彰氏が北京を訪問したものの、木原氏は詳細を明らかにしなかった。
11月18日:中国、日本海産物禁止
11月18日、日本メディアは北京が日本産水産物を禁止し経済圧力を強めていると報じた。中国報道官は行政問題としつつ、高市発言のため「市場がない」と付け加えた。
11月20日:米国、日本支援
米大使ジョージ・グラス氏は米国による日本支援を再確認し、海産物禁止を「不当」とした。11月20日のXで「威圧的な手段に訴えるのは、中国政府にとって断ち難い悪癖のようだ。前回、中国が不当に日本の水産物を禁輸した際、われわれ米国が日本を支援した。今回も同じだ。同盟国である日本を支えていく」と述べた。アメリカ国務省も日本支援を表明し、「日米同盟はインド太平洋の平和安全の基盤」とし、台湾海峡、東シナ海、南シナ海での現状変更に強く反対した。
11月21日:高市首相、立場堅持 中国が主張する安全リスクも否定
中国の対抗措置がエスカレートする中、高市首相は自らの発言撤回を拒否した。11月21日の記者会見で、「政府見解は一貫しており、私自身も繰り返し説明してきた」と強調した。
また、日本外務省は日本国内における被害者の国籍が中国となっている凶悪犯(殺人、強盗、放火)の認知件数の推移を公表し、「最近の中国政府による発表において、あたかも今年に入って日本国内における中国国籍者に対する犯罪事件が多発しており、安全に対するリスクが高まっているかのような言及があるが、そのような指摘は当たらない」として中国当局の主張を否定した。

11月21日:中共、国際法違反主張
中国の傅聡国連大使は11月21日、国連のグテーレス事務総長宛ての書簡で、高市首相の発言を「国際法および国際関係基本準則の重大違反」と主張した。
11月22-23日:G20で対話なし
高市首相と李強首相はG20サミットに出席したが、特に会話はなかった。高市氏はサミット終了後、北京との対話の扉は閉じていないと記者団に語った。
11月24日:日本、国連で中国書簡へ反論
日本の山崎和之国連大使はグテーレス事務総長宛ての書簡で、中国大使の主張を「事実に反し根拠がない」と反論した。
書簡では「中国が主張するように、日本が武力攻撃なしに自衛権を行使するという見方は誤り」と指摘し、中国当局が発した日本への渡航警告や水産物輸入規制などの「抑圧的」行動を列挙して、日本側の対話努力と対比させた。
トランプ氏、習、高市首相双方に通話
一方、トランプ大統領は11月24日、習近平と電話会談を行った。これは10月30日の韓国での米中会談のフォローアップと位置づけられたものだ。両国発表では台湾問題が中国の優先課題とされた。
翌日トランプ氏は高市首相とも通話。高市氏は「トランプ大統領は私を良い友人とし、いつでも電話して欲しいと言った」と明かし、米中関係や習との通話内容を共有したと報じられた。
11月26日:北京が説明要求
北京は11月26日、日本に対し台湾に関する立場についての説明を求めたと中国報道官が述べ、これまでの撤回要求とは異なるアプローチを取った。
高市氏は同日、衆院初の本会議で、再び自身の発言を擁護した。野党議員は中国との関係悪化を批判したが、高市氏は北京との対話が建設的かつ開かれたままであるとし、日本側の防御行動については状況次第であると付け加えた。
11月27日:日本、WSJ報道を否定
米国の日刊経済紙ウォールストリートジャーナル(WSJ)は匿名筋で11月27日、トランプ氏が高市首相に台湾主権問題で北京を刺激するなと助言したと報じた。ロイターも同様に匿名の情報源を引用した。
一方、木原官房長官は同日の会見でWSJ報道について問われ、「ご指摘の記事には、トランプ大統領が台湾の主権問題で中国政府を挑発しないよう助言したとの記述があるが、そのような事実はないということを明確にしておきたい」と記者団に語った。
本記事において、以下の通り誤りがありました。
誤: 日本が実効支配する無人島である尖閣諸島
正: 日本が有効支配する無人島である尖閣諸島
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