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特殊詐欺帝国を築いた陳志 権力と黒い金の構図

2025/11/02
更新: 2025/11/04

カンボジアを拠点とする中国資本の企業「太子グループ(プリンス・ホールディング・グループ)」と、その創業者・陳志が、米ニューヨーク東部地区連邦検察庁により起訴された。表向きは不動産や金融投資事業を掲げながら、実態は世界規模の特殊詐欺とマネーロンダリングを展開していたとされる。調査報告および米司法当局の訴追資料からは、中国共産党公安部高官との癒着、そして「黒い金のネットワーク」の存在が浮かび上がる。

「黒い金の帝国」の裏側 米当局が起訴

2025年10月14日、米ニューヨーク東部地区連邦検察庁は、太子グループとその創業者・陳志を起訴した。
罪状は特殊詐欺、マネーロンダリング、強制労働であり、全ての罪状で有罪と認定された場合、最長で40年の禁錮刑が科される見通しである。

同時に米司法省は、陳が保有していた約13万枚(約150億ドル相当)のビットコインを押収した。暗号資産としては史上最大規模の差し押さえである。英国当局もロンドン市内の19物件を凍結した。

福建のネットカフェ商売から太子グループへ

陳志(37)は、中国福建省連江県曉澳鎮の出身である。若い頃はネットカフェやゲーム代理運営を手がけ、地元特有の娯楽ビジネスで資金を蓄えた。表向きゲーム店やネットカフェでありながら、実際にはスロット機や非公式サーバー、地下賭博を併営していた。

2009年、陳は中国を離れカンボジアへ渡航し、同国で土地投資を開始。

2014年から2016年にかけて、中国共産党が推進した「一帯一路」構想は、中国人による海外投資熱を一気にかき立てた。その中心地の一つが、カンボジア南西部の港町シアヌークビルである。同地は習近平政権が「一帯一路」の象徴として掲げ、急速な開発が進んだ地域である。かつては静かな港町にすぎなかった街は一変し、「中国のカジノ都市」と呼ばれるまでに変貌した。不動産資金とオンライン賭博関連の投資が大量に流入したのである。

陳は2015年、シアヌークビルで太子グループを設立し、わずか5年でカンボジア有数の中国系企業へと成長させた。現地メディアによれば、「プノンペンの街を走るロールス・ロイスの3割は太子グループの所有」と報じられた。

アメリカ財務省によれば、太子グループはすでに世界的規模で影響力を持つ存在となっていた。ニューヨーク連邦検察が明らかにした起訴状によると、陳志はカンボジア各地に「ギャンブルパーク」を建設し、内部にコールセンターや「携帯電話農場」を設置。グループの主要2拠点だけで1250台のスマートフォンを保有し、合計7万6千件のSNSアカウントを運用していた。これらのアカウントは中国、欧米、台湾などの人々を標的とし、SNSを通じて長期間にわたり信頼関係を築いた上で、「投資」を名目に送金させる詐欺を行っていた。信頼をした被害者は最終的に多額の財産を失っていた。

この「電話農場」では数千台に及ぶ携帯電話と大量の偽アカウントを用い、世界各国の人々を狙っていた。詐欺グループは各国の現地ネットワークと連携して活動し、その一部はアメリカ・ニューヨーク市ブルックリンにも拠点を構え、太子グループの資金洗浄を行っていた。2022年、FBIはこの中国系マネーロンダリング組織を摘発し、259人の米国人被害を確認。損失額は1800万ドル(約28億円)に達した。これは被害全体のごく一部にすぎない。米政府の推計によると、2024年にアメリカ人が東南アジアの詐欺で被った被害総額は少なくとも100億ドル(約1兆5400億円)に上り、前年より66%増加している。その中でも太子グループによる詐欺が最も深刻だった。

太子グループの「携帯農場」。数千台のスマートフォンを並べ、SNS詐欺に使用していた。(米ニューヨーク東部地区連邦検察庁公開資料)

「豚殺し」と呼ばれる「恋愛投資型詐欺」。この「豚殺し」という言葉は、この業界で使われる隠語に由来する。被害者の信頼を得てから最後に資金を根こそぎ奪う手口を、豚を太らせてから屠(ほふ)る過程にたとえたものである。太子グループには詐欺マニュアルも存在し、「あまり美人すぎる写真は使わず、現実味を出すこと」といった指導が行われていたという。

起訴状によると、陳志は2015年以降、カンボジア国内に少なくとも10か所の詐欺パークを建設した。そこは高い塀と鉄条網に囲まれた厳重な施設であり、内部では従業員が拘束同然の状態で働かされていた。多くは偽の求人広告でカンボジアに誘い出され、渡航後にパスポートと携帯電話を没収され、暴力的な脅迫や体罰を受ける日々を送っていた。

人身売買された労働者は、暴力の脅威や監禁に直面していた。(ニューヨーク東区連邦検察官事務所)

東南アジアでは、こうしたオンライン賭博を起点とする地下産業が、この数年で一大犯罪産業に発展している。中国資金・技術・人員が大量に流入し、「投資」を名目に拠点を構え、オンライン賭博、通信詐欺、マネーロンダリングまでを一気通貫で行う構造が確立した。起訴状では、カンボジア・ラオス・ミャンマーで35万人以上がこうした産業に従事し、年間の違法収益は500億~700億ドル(約8兆円~約11兆円)に達するとされる。詐欺経済がGDPの半分を占める国も報告されている。カンボジアだけでも年間収入は125億~190億ドル(約2兆円~約3兆円)と推計されている。

このブームにより、シアヌークビル町の中国人人口は数年で30万人を超え、地域経済の9割がオンライン賭博に依存するまでになった。しかしその繁栄も長くは続かなかった。

2019年8月、カンボジアのフン・セン首相がオンライン賭博を全面禁止する命令に署名した。これにより資金流入は途絶え、数百棟の高層ビル建設が中断し、20万人超の中国人が撤退した。「小さなマカオ」と呼ばれた街は一気に衰退した。

中共公安部による庇護

禁止令が施行され、多くの詐欺拠点が閉鎖・移転するなか、陳志の運営する施設は依然として活動を続けていた。彼はすでにカンボジア内務省の顧問を務め、国王から「勲爵(シア)」の称号を授与されていた。太子グループは「30か国で100社超の企業を展開する」と宣伝し、不動産、金融、観光、航空、消費サービスなど事業領域を広げていた。

太子グループの本社ビルは中国の国有建設企業が施工し、中共の国有資産監督管理委員会の公式サイトでは「一帯一路・海上シルクロード・プノンペンフォーラム主会場」と記されている。

表向き、陳志は慈善家・企業家として知られていたが、アメリカの起訴資料によれば、その「合法事業」はマネーロンダリングの隠れ蓑だった。多くの合法ビジネスは赤字や経営難に陥っていた一方、詐欺施設の利益は1日3千万ドル(約46億円)、年間では約110億ドル(約1兆7千億円)に達していた。

この産業は中国人による資金循環で成り立っており、被害者の多くも中国人である。それにもかかわらず、中共政府は取り締まらなかった。ラジオ・フリー・アジアの報道によれば、2020年時点で中国の複数裁判所は太子グループを「悪名高い国際オンライン賭博組織」と認定し、北京市公安局も捜査を開始していた。しかし太子グループは「犯罪者が社名を悪用している」と全面否定していた。

その後、ニューヨーク検察が10月14日に公開した起訴状では、さらに踏み込んだ内容が明らかにされた。そこでは、陳志が政治的影響力を用い、中国公安部と国家安全部の庇護を受けて詐欺事業を継続していたと指摘されている。

2023年5月、太子グループのナンバー2は中国公安部幹部に「太子側の者を救出する代わりに、その幹部の息子を優遇する」という取引を持ちかけていた。また同年7月には現地警察を利用し企業を脅迫、「まず略奪し、その後保護する」と指示していたという。陳志自身も「国家安全部の作戦情報を事前に得ており、賄賂で保護を受けている」と語っていた。

陳志の賄賂帳簿には数億ドル規模の「補償金」や高級贈答品購入の記録が残され、外国要人への贈答用として数百万ドルのヨットや高級時計の購入が記されている。さらに2020年には政府の支援で外交旅券を取得し、2023年4月にそのパスポートで米国へ入国していたことも確認された。

元中共スパイの証言

この事件の暴露後、中国公安部「政治安全保衛局(一局)」に所属していた元スパイのエリック氏がSNS「X」で相次いで証言を公開した。彼は15年間公安部の海外スパイとして活動し、東南アジアやオーストラリアで任務を遂行。2023年初頭にオーストラリアへ亡命したのち、各メディアに証言している。

2024年6月、オーストラリアで公に姿を見せた元中共スパイ・エリック氏。(大紀元)

エリック氏の話によると、太子グループがカンボジアで長年にわたり活動できたのは、孫力軍が中国公安部の副部長を務めていた時代の公安高官の庇護があったからだという。さらに、「孫力軍の家族がオーストラリアへ渡航する際、陳志のガルフストリーム社製のビジネスジェット専用機を利用していた」とも語った。

エリック氏はまた、「北京や重慶の中共幹部が陳志の社交クラブで秘密会議を開き、車で送り迎えされ、全面的に接待を受けていた。自分はその場に居合わせた」と述べ、陳志が「部内で便宜を図ってもらえるよう」工作していたと証言した。

エリック氏は一時期、太子グループ傘下の企業で行政・企画主管を務め、太子慈善基金会の規約作成にも携わったという。「国際犯罪組織にとってイメージは極めて重要で、政治への影響力も管理の一部だ」「黒い金が余りに多く、損益よりマネーロンダリングこそが主要目的になっていた」と語った。

さらにエリック氏は、2016年以降、太子グループがタイと西太平洋のミクロネシア地域に位置する国であるパラオに「ペーパーカンパニー」を設立し、パラオ前大統領らと酒席をともにしながら「パラオと台湾の断交を促進する統一戦線工作」を支援していたと述べた。「一度は上級幹部がバンコクに赴き、パラオ元大統領と行動を共にした」とも証言している。

また「太子グループのような企業は、中共の秘密システムと深く結びついており、たとえ経営者が外国籍になっても、中共の命令に従う」と明言。「自分の職務は日常業務の枠を超えており、すべての部門が私の任務に協力しなければならなかった」と述べ、こうした企業が中共の「グレーゾーン外注」システムの一部である実態を示した。

エリック氏はこの関係を「暴力団的な互恵構造」と形容し、「中共は政治的保護と情報便宜を提供し、企業は資金と海外上層ネットワークを提供する」と説明した。そして、「中共を信じる一部の愛国者は『なぜ国家は越境詐欺を取り締まらないのか』と憤るが、国家こそが最大の後盾なのだ。詐欺パークが長年無事だったのは、法執行機関の弱さのせいではない」と指摘し、「太子グループは中共政府がカンボジアや東南アジアで行う秘密工作の主要代理人の一つだ」と断言した。

パラオへの統一戦線浸透

米財務省の制裁資料によると、太子グループはアメリカが制裁対象としているマカオのマフィアのボス、尹国駒(Wan Kuok-koi)と深い関係がある。ドイチェ・ヴェレ(ドイツの国際放送局)は、尹国駒がミャンマー北部の通信詐欺組織「KKパーク」の大株主であり、「KK」は尹国駒の名前の頭文字に由来すると報じている。

米財務省によれば、太子グループ傘下のペーパーカンパニー「グランド・レジェンド国際資産管理」は、パラオ華僑連合会副会長の王国丹と協力し、パラオのンゲルベラス島の土地に対し99年間の借地契約を取得した。この島は米軍レーダー施設から数キロしか離れておらず、米国の「第二島嶼防衛線」に位置する戦略上の要衝である。王国丹は「傑出した華人代表」として人民大会堂で開催された中共建国70周年記念式典に出席している。

米政府は現在、王国丹を太子グループのパラオ拡張計画の中心人物として制裁している。これにより、陳志と中共統一戦線部門との関係が具体的に裏付けられた。王国丹と尹国駒はいずれも中共の統一戦線ネットワークと深く関係しているとみられている。

福建省の小さなネットカフェ経営からカンボジアのカジノ王国、さらにはパラオの地政学的な投資へ——陳志の歩みは「一帯一路」と並行する中共の不透明な出資や資本拡張の軌跡そのものである。

10月、米司法省と財務省、さらに英国外務省が共同で制裁措置を発動し、太子グループおよび関連146件の資産を凍結した。対象にはシンガポール、台湾、香港、パラオが含まれている。シンガポールとタイ当局も調査協力と関連資産凍結を発表した。

現在、「黒い金の帝国」と呼ばれた太子グループの創設者陳志は、国際的追及の最終局面に直面している。シアヌークビルの太子パークはすでに廃墟となり、空き宿舎と鉄条網だけが残されている。

蔡溶