百家評論 習近平の経済危機、政治危機、外交機器で長老ら? 集団指導復帰を示す形?

中国共産党の内部を洞察 長老らが活発化で習近平が弱体化の可能性

2024/10/10
更新: 2024/10/10

今年、中国共産党(中共)の建政75周年を迎え、北京で公式の祝賀イベントが行われ、多くの政治的長老たちが集まった。この記事では、習近平政権の下での政治的バランスの変化を詳しく探る。

「十一」宴会で政治長老たちが集結、二人の超級長老は欠席

時事評論家の陳破空(ちんはくう)氏は新唐人の『菁英論壇』番組で、今回の中共の75周年国慶は、民間では国殤日と呼ばれ、多くのイベントが行われる。その中で二回の宴会があったと述べた。一回目は王滬寧(おう こねい)が主役、もう一回は習近平が主役で、国務院総理の李強は完全に周縁化(枠外)された。

過去の慣例では、宴会は国務院が主催し、国務院総理が挨拶を行うことが一般的だったので習近平は「五周年、十周年」の際には自ら挨拶を行った。しかし、二十回党大会の後、李強が多くの権限を剥奪され、毎年の人民代表大会後に行われる記者招待会を開催する権利と、国務院が記者を招待する会を主催する権利を失った。

陳破空氏によれば、毎年の国慶宴会の最大の見どころは、政治家の大物たちが一堂に会し、音楽会や宴会に参加することだ。特に注目すべきは、出席する人と出席しない人がいる点だ。まず、出席しなかった二人の著名な人物について話をしよう。一人は前総書記の胡錦濤(こきんとう)、もう一人は前首相の朱鎔基(しゅようき)だ。朱鎔基は95歳と高齢で、入院している可能性があるため、出席しなかったことは理解できる。しかし理由はそれだけではない。様々な状況を考慮すると、朱鎔基は現在の習近平の極左政権に対して非常に不満を抱いており、特に香港問題に関して意見の相違があるため、たとえ健康が許したとしても出席しなかっただろう。彼はすでに数年も姿を見せていない。

胡錦濤についても、健康の問題である可能性や他の理由が考えられる。彼は二十回党大会の閉幕式で習近平からひどい侮辱を受け、公の場で強制的に会場から連れ出されたためだ。現職の総書記が前職の総書記をみんなの前で連れ出されたことは、胡錦濤にとって大きなショックとなっただろう。その後、胡錦濤は江沢民の追悼会に一度だけ姿を見せ、それ以外は全く姿を現していない。

今回出席しているのは温家宝元首相と李瑞環(りずいかん)元政治協商会議(政党、民族、社会団体の代表が集まる政治機関)の主席の二人で、彼らは高位の人物と見なされ、習近平の左右に座っている。温家宝と習近平の間には和やかな雰囲気があり、談笑している様子が見受けられる。しかし、過去の出来事を考えると、習近平と温家宝の関係には変化があったと言えるだろう。江沢民の追悼会では、長老たちが出席し、胡錦濤の名前だけが言及され、温家宝や李瑞環については一切触れられず、新聞でも報道されなかった。

陳破空氏は次のように述べている。数日前、政治協商会議が75周年を迎え、元主席の賈慶林(かけいりん)、俞正聲(ゆ せいしょう)、汪洋(おうよう)の三人が出席したが、その時彼らの名前は一切言及されなかった。その後、長老たちが明らかに抵抗したと考えられる。後の音楽会では、政治的な長老たちの名前が報じられ始め、宴会ではさらに多くの名前が取り上げられ、しかも温家宝と習近平が一緒にいる場面をテレビで大々的に放送した。

これから分かるのは、長老たちの状況が現在変化していることであり、これは7月の三中全会に関連している可能性がある。三中全会の期間中、習近平が病気で倒れたり手術を受けたりしたという噂が流れ、軍の副主席である張又侠の指導の下、公安トップの王小洪に変化が見られ、長老たちに対する軟禁が解除された可能性がある。

二十回党大会では、習近平は習家の天下を考え、長老たちに対して軟禁や政治への参加を禁止し、強制的に出席を強いていたが、出席しても名前すら言及しなかった。しかし、今回は全く逆の状況で、出席して名前を言及するだけでなく、上賓として扱っている。

これは習近平が直面している政治的、経済的、外交的な危機に関連している。また、三中全会で重要な出来事があったことを示している。習近平の権力は弱まっており、特に軍に対する権力が失われたため、現在、長老たちが温家宝を代表にして、かなりの発言権を持っているように見える。

習近平は三つの危機に直面し、長老たちの支持が必要である

陳破空氏は、最近の長老たちの集団登場は、習近平が彼らを必要としていることを示していると述べている。かつては彼らを冷宮(冷遇する場所)に追いやりたいと考えていた。習近平が特勤局を設立したのは、長老たちを監視するためだ。3年間のゼロコロナ政策とロックダウンの主な目的の一つは、これらの政策を理由に長老たちが表に出てこないようにすることだった。

当時、習近平は李強や他の習家軍に対し、経済や民生の損失を無視して、政治的な問題を重視するよう指示した。これは、彼らが二十回党大会で権力を奪取し、一派独裁の政権を築く意図を示しており、習近平の第三期に強硬に突入する意図を示していた。

そのため、当時の状況は長老たちが軟禁または事実上の軟禁状態に置かれていた時期であり、習近平が権力を握っていた時期だった。しかし、二十回党大会の三中全会では、習近平は明らかに大きな挫折を経験した。さまざまな情報源によれば、その時期に長老たちは解放され、三中全会や北戴河会議に参加した。現在、習近平は彼らを抑えきれなくなっている。習近平は温家宝の家族に関する腐敗スキャンダルを利用しようと考えていたが、他の家族が温家宝よりも腐敗しているため、それは不可能になった。江家、李家、習家などがその例だ。

習近平はもはや長老たちを抑えることができない。三中全会の後、長老たちが姿を現そうとしているが、その名前を報道せざるを得ない。現在、習近平は彼らの支持を必要としている。なぜなら、習近平は経済危機政治危機、外交危機という三つの大きな危機に直面しているからだ。

経済危機は社会全体の崩壊を引き起こし、人々がやる気を失い、外国資本が撤退し、企業が倒産するなどの事態を招いている。

政治危機が発生し、三中全会の後に習近平の権力は弱体化した。そのため、習近平に関する報道を一時的に削除せざるを得なかった。

習近平は政治的にも外交的にも挫折し、国際的に孤立してしまい、ほとんど外国の友人を中国に招くことができなくなっている。

このような孤立した状況の中で、長老たちが習近平を必要としているのではなく、明らかに、逆に習近平が長老たちを必要としているのだ。

今回公式に発表された写真では、特に温家宝が強調されているが、これは胡錦濤が不在であり、胡と習の間は敵対関係に近い状態があるためだ。

朱鎔基は習近平を軽蔑し、改革派の李瑞環も習近平を非常に見下している。

温家宝は柔軟で、特定の派閥には属していない。江沢民派でも青年団派でもないが、温家宝は改革派であり、習近平は反改革派だ。温家宝は反文化大革命派であり、習近平は文化大革命派だ。しかし、今になって、習近平は温家宝に助けを求めている。

したがって、陳破空氏は、今回の長老たちが自発的に出てきたのではなく、習近平がやむを得ず彼らを必要としたと考えている。重要な祝日には長老たちを招待し、名前をきちんと報道した。

宴会では、23人が大きなテーブルを囲んで座っている。現職の政治局常務委員は7人、副主席が1人で、合計8人だ。長老たちは15人が参加しており、全員が政治局常務委員の経験者で、必ずトップのテーブルに座る必要がある。たとえぎゅうぎゅう詰めでも、一緒に座らなければならない。

これは階級社会の現れであり、ある程度、集団指導の復帰を示す形になっている可能性がある。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。