経済不況の悪化により人口流出が続くキューバ。取り残された高齢者らは、月わずか10ドルの年金と極度な物資不足に苦しんでいる。
食料、エネルギー、医療機器・医薬品不足への不満から、キューバでは今年各地でデモが相次いでいる。労働者の国外流出も加速し、定年退職者へのダメージは計り知れない。
「あらゆる方面が悲惨な状態だ。助けてくれ。キューバは崖っぷちに立たされている」
キューバの反体制派で米人権団体「Democracy Movement」を率いるラモン・サウル・サンチェス氏はそう語る。
「ここでは高齢者がいかに悲惨な暮らしを強いられているか、外部の人間は想像すらできない」
サンチェス氏は、「経済が悪化する中、政府は知らんぷり。年金で買えるのはせいぜい月に卵1パックだけだ」と高齢者の困窮する暮らしを嘆いた。
フロリダ国際大学キューバ研究所の報告書によれば、中南米の中で顕著な高齢化が進むキューバは、65歳以上の年齢人口でランキング上位に位置する。
調査によれば、キューバの現役世代4人で高齢者1人以上を支える構図になっており、2022年以降に人口流出が加速したことで問題はさらに深刻化している。
2022〜23年度にかけて、米国境警備隊は累計42万5千人のキューバ系不法移民を逮捕した。2024年度の逮捕者は7月時点で20万人を超えている。
この数字は、1965年〜73年にキューバ難民向け定期便「フリーダムフライト」が就航した時(約30万人)および1980年にマリエル事件が起きた時(12万5千人)の両方を上回る規模だ。
一方、数十年にわたる出生率の低下もキューバ社会の高齢化に拍車をかけている。
キューバの出生率は1978年に人口置き換え水準を下回り、80年代に顕著な下落傾向を見せた。
1959年にカストロによるキューバ革命が起きると、その後、数年間は普通出生率(人口千人あたりの出生率)が30を超えていた。しかし、共産主義政権に対する人々の期待が薄れるにつれ、60年代末には出生率が低下し始めた。
1980年、キューバの出生率は過去最低の14を記録した。
経済データを扱う米ウェブサイト「Macrotrends」によれば、現在キューバの出生率は9を少し上回る水準だ。
2023年、キューバ国家統計情報局のフアン・カルロス・アルフォンソ・フラガ副局長はテレビ番組「Mesa Redonda」に出演し、キューバの高齢化問題について懸念を表明した。
フラガ氏によれば、キューバは4年連続で低い出生率と高い死亡率に直面している。
一方で、キューバでの食料品、医薬品不足も深刻化している。
サンチェス氏によれば、定年後の高齢者は月にわずか10ドルの年金に頼って生活しているため、十分な栄養を取れず、適切な医療を受けることもできない。
現政権であるキューバ共産党は支援が必要な人々に無関心だ。困窮する人々の中にはかつてキューバ革命を支持し、共産党に所属していた人も多い。
キューバ政府は、財政が逼迫しているため年金を支払う余裕がないと主張している。
キューバの困窮する様子を直接見聞きするサンチェス氏は、「人々は死んでいる。お年寄りは栄養失調で道端に倒れている」と語った。
国外からの援助
自身も定年をむかえたサンチェス氏は、キューバに住む友人にたびたび医療機器やその他物資を送っているという。
最近では、足を骨折した友人に必要な医療品を届けた。最低限の医療品すらも、キューバでは供給不足に陥っている。
サンチェス氏は、足を骨折した友人が病院で受けた処置を語ってくれた。
「彼らは部屋の隅にあった使い古しのギプスを友人の膝にあて、包帯で固定し、そのまま友人を帰宅させた」
しかし友人の骨折は回復しなかったため、手術が必要となった。
サンチェス氏は深いため息をつきながら「手術に必要なもの全てのものを私から彼の元へ送った」「文字通り“全て”だ」と述べた。
友人の手術を助けるため、サンチェス氏は抗生物質から包帯、縫合糸、麻酔薬にいたるまで緊急を要する物資を一式、キューバへ届けた。友人の家族の多くはキューバを離れるか、そこでただ死ぬのを待つしかないという。
サンチェス氏の団体は同様の境遇にいるキューバ人を数百人も助けてきた。中には、アメリカに住む家族から助けを得られる者もいれば、孤立無援で助けが必要な人もいる。
「毎日助けを求める電話が鳴り止まない」とサンチェス氏は語る。
米人権NGO「Cuban Democratic Directorate」の共同設立者でスポークスマンを務めるオーランド・グティエレス・ボロナート氏も同様の見解を示した。
「財政基盤を持たないキューバの現政権は国際的な信用を失い、医薬品不足が深刻な状態に陥っている」
ボロナート氏は、ここ数年キューバ政府による経済政策の失敗で高齢者たちが信じ難いほどの物価高騰に直面していると指摘する。特に持病を持つ高年齢者にとって、医療費負担の増加は致命的だ。
危機の高まりを受けて、ディアスカネル政権は3月にアレハンドロ・ヒル・フェルナンデス経済企画相を解任した。
現在、キューバの病院では人員不足および水不足が複数報告されている。
ボロナート氏によれば、キューバにおける医療従事者不足は、医師の多くが政府によって海外に派遣されるか自主的に国外へ出てしまうためだという。
ハバナの多くの病院では医学生を救急治療の現場で働かせることが常態化しており、キューバが掲げる公的医療の模範的状態とは全くかけ離れている。
米非営利団体「共産主義犠牲者記念財団」は、このような矛盾はキューバにおける階層的な医療制度が原因だと指摘する。質の高い医療を受けられるのは、医療ツーリズム目的で入国した者や共産党の高官に限られる。
「キューバの医療制度は崩壊しており、医療設備や医療品が不足している」
現地調査の結果、キューバでは消費者の最低限の需要を満たすためにブラックマーケットや非公式の経済活動に広い範囲で頼っていることが明らかになった。
主に風邪薬、インフルエンザ治療薬、外科・歯科用医療器具、鎮痛薬などが不足し、多くを外部からの援助に頼っている。
医療制度の崩壊は特に高齢者に大きなダメージを与えている。
全米高齢者問題評議会の研究によれば、60歳以上の成人のうち慢性的な病気をもつ者の割合は95%に上り、80%近くが2つ以上の病気を抱えている。
ボロナート氏は、「キューバに暮らす高齢者が海外に住む家族からの送金に頼って生活しているというのはすでに周知の事実だ」「定年を迎えた者が年金に頼って生活するのは不可能だ」と述べた。
反対に海外からの送金を十分に受けられない定年退職者は、ホームレスにならざるを得ない。それまで政権内で働いていた者でさえ、定年後は見捨てられてしまうという。
サンチェス氏は、「かつて(共産主義)革命のために闘った者は、今や『私は革命に自分の命さえも差し出したのに』と嘆いている。そのような人で溢れかえっている」と語った。
命をつなぐ
サンチェス氏は海外移住したキューバ人に対し、キューバに住む親戚や友人に物資を送る場合、自身の名前が判別されないよう注意する必要があると述べた。
仮に送り主の名前がキューバ政府のブラックリストに載っていた場合、送った物資はすべて没収されてしまう。
キューバ市民への食料援助に携わるサンチェス氏は、物資が税関で止められないよう輸送に細心の注意を払っている。
米マイアミでは対キューバ物資援助向けのお店が多く、医療品から家庭用品に至るまであらゆるものを取り揃えている。
そこでは、「体温計を届けるつては見つかったかい?」「整形外科用靴を送るにはどうすればいいんだ」といった会話が飛び交うそうだ。
サンチェス氏は、キューバ当局が国内に輸入される物の大部分を没収しているため、必需品を必要な人の元へ届ける難易度が跳ね上がっていると指摘する。
「我々はキューバ市民への人道支援を行う主要な団体であり、米国の対キューバ禁輸措置もこの活動には干渉しない」
国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」によれば、キューバでは食料、医療品不足に加え、停電も深刻な問題になっている。2023年の調査によれば、2月頃から数か月にわたって毎日3時間の停電が起きていた。
政府高官の中には医療品不足は米国の禁輸措置が原因だと主張する者もいる。しかし、キューバは中国やブラジルをはじめとする国々と貿易関係を持っており、このような主張にあまり説得力はない。
「政権にとって市民の健康状態は優先順位が低い。中でも、医薬品を最も必要とする高齢者が一番苦しんでいる」
キューバに住む高齢者が国内にとどまる理由についてサンチェス氏は、「退職した彼らには国外へ逃れる資金がないのだ。彼らは極度の貧困状態にある」と答えた。
キューバの若者たちは着ている服以外を全て売り払って国外へ逃れようとする。また一か八か危険なフロリダ海峡を渡ろうとする者もおり、高齢者も例外ではない。
サンチェス氏は最近、自宅で飢えていたお年寄りの国外脱出を助けようと試みたが、その男性は病院に送られてわずか2日後に亡くなった。
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