【寄稿】中共に電力供給抑えられたフィリピン、ボタン一つで停電も…日米、原発と経済援助で助け舟

2023/11/26
更新: 2023/11/25

フィリピンの送電システムは中国人が遠隔操作しているという。これに対し同国野党は「中国はボタン一つでフィリピンの経済活動を麻痺することが出来る」との懸念を示している。

米国がフィリピンに原発を供与

16日、米国とフィリピンは原子力協定に署名した。米国が原発技術をフィリピンに供与し2032年までにフィリピンで原子力発電所が稼働される。署名式にはAPEC首脳会議出席のため訪米したマルコス大統領も立ち会った。

1980年代、父フェルディナンド・マルコスが大統領の時にフィリピンは原発がほぼ完成していたが、アキノ革命でマルコス政権は崩壊し、原発が稼働することはなかった。いわば父の無念の思いを息子であるボンボン・マルコス現大統領が晴らす形となった。

しかもより重要なのは、米国が技術を供与する点だ。父マルコスは、親米派として独裁政権を維持したが、最期は米国に見捨てられる形で、亡命を余儀なくされた。1990年代には駐留米軍を追い出し、中国に接近。こうして米比関係は最悪の状態になった。

その後のアロヨ政権、アキノ政権は、対米関係の修復に努めたが、ドゥテルテ前政権は再び反米親中路線を採った。この経緯から見れば、ここで米国が原発の供与を決めたのは、米比関係が完全に修復した証(あかし)といってもいい。

更に言えば米国はフィリピンを父マルコス政権以来、三十数年ぶりに同盟国として認めたのである。

フィリピンの電力事情

フィリピンは十数年来、好景気が続いているが、電力事情は甚だよろしくない。停電などはしょっちゅうだし、夜などは繁華街でも明かりは弱々しい。まるで昭和30年代の日本のようだ。

この状況を改善しようとフィリピン政府は努力してきたのだが、その方法は極めて安易で安上がりな方法、すなわち中国資本に頼ったのである。

フィリピン国家送電会社(NGCP)は2009年に全国の発電所から配電設備までの送電事業を送電公社から請け負ったが、この会社の40%の株式を保有しているのは中国の国有企業である国家電網である。

事実上の最大株主であり、NGCPは国家電網の管理下にある。NGCPに送電を委託している送電公社のトップは会社への立ち入りが制限されているという。送電公社はNCGPへの監督責任を負っているにもかかわらず、そのトップが自由に立ち入ることが出来ないのである。

この件は2019年にフィリピン議会で問題となり、当時、メディアが報じたNGCPの内部報告書によると、同社のシステムは海外にいる中国人技術者が遠隔操作できる仕組みであり、中国人が幹部を占めフィリピン人従業員は簡単な作業にしか携われないという。

中国の支配工作

フィリピンでは停電はしょっちゅうだと書いたが、日本も昭和30年代には、停電は頻繁に起きていた。改善は電力の供給不足が原因だが、昭和40年代には、停電はほとんど起こらなくなった。電力供給力が増大したこともあるが、送電システムの改良も一因だった。

どういうことかというと、昭和40年代にも実は電力の供給不足による停電は起きていたのだが、その瞬間に電力の余っている地域からの送電に切り替えていたので誰も停電に気が付かなかったのだ。

ところがフィリピンでは2019年当時でも、停電は頻繁に起こり、回復に1時間近くかかる。これは明らかに送電システムに問題がある。つまり海外にいる中国人技術者が遠隔で操作するため送電の切り替えが瞬時に行われないのだ。

なぜ海外にいる中国人が遠隔でシステムを操作しなければならないのか。これは当時のフィリピン議会でも問題となった。中国はフィリピン全土の送電を一瞬にして遮断するキーを握っていることになろう。「中国はボタン一つでフィリピンの経済活動を麻痺することが出来る」という声が野党から上がったのである。

つまり中国によるフィリピン支配工作だとも考えられるから安全保障上の重大問題なのだが、当時は親中のドゥテルテ政権だったので、根本的な解決には至らなかったのである。

だが、今般、米国の原発が供与されれば事態は一変する。電力の供給量が増大するだけでなく送電システムの改良が促されるのは確実だ。フィリピンは中国による電力支配の軛(くびき)から脱する端緒をつかんだのである。

したたかなマルコス大統領

フィリピンは1990年代初頭に駐留米軍を追い出したが、これがきっかけで中国が南シナ海への進出を始め、フィリピンの領海・領土が公然と侵略されるに至った。米軍を追い出したことを後悔したフィリピン政府は2016年、フィリピン領内の5カ所を米軍に貸し出す形で米軍を呼び戻した。

現在の大統領であるボンボン・マルコスは2022年5月に大統領に当選し、11月17日に中国の習近平とバンコクで会談した。ドゥテルテ前大統領の親中路線を継承するかと思われたが、何とその4日後の21日に米副大統領のカマラ・ハリスとマニラで会談し、フィリピン領内の米軍拠点を5カ所から倍増させることで合意してしまった。

これに驚いた習近平は2023年1月4日、マルコスと北京で会談し、南シナ海問題を友好的に処理すると約束し、その上、220億ドルをフィリピンに投資すると確約した。これで米軍拠点倍増の計画は白紙に戻ったと思われた。

2月2日、米国防長官オースティンがマニラ近郊でマルコスと会談し、米軍拠点を4カ所増やし計9カ所とすることで合意した。習近平はマルコスに一杯食わされたのである。

1週間後の2月9日、岸田総理はマルコス大統領と官邸で会談し、6000億円の支援を表明した。また今後も継続的に支援を拡大していく約束をしており、これで中国からの投資が控えられても安心できる態勢を整えた。

4月には米比外務防衛担当閣僚会合(2プラス2)がワシントンで開かれ、米国は年内に1億ドルを供与し、日米豪比の共同訓練が話し合われた。

5月にマルコスは訪米しホワイトハウスでバイデンと会談し、日米比、米比豪の協力枠組み作りで合意した。

10月には三菱電機製の警戒監視レーダーがフィリピンで運用を開始し、11月3日には新たに沿岸監視レーダーを無償供与することで日比が合意した。

この翌日、岸田総理はフィリピン議会で日本の総理として初めて演説を行い、中国を念頭において「自由と法の精神を守り抜く」決意を示した。

今般の米比原子力協定は、こうした対中戦略の延長上に位置づけられるものであり、その意義は誠に重大である。

(了)

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。