中国において、民衆による政府機関への陳情は合法的な権利である。
しかし今の中国で、実際にそうした陳情が功を奏し、問題の解決や社会の浄化に役立っているかと言えば、全くそうではない。その原因は、中国社会に発生する不公正な事象があまりにも多く、根深いこと。および「民衆の陳情」という制度が、役所側によって形骸化されていることの2点に集約される。
なお、その2つの原因の背景には「中国の警察および司法が、正義を体現していない」という致命的な欠陥がある。そうした社会の不条理のなかから、大量の陳情民が悲鳴をあげ、藁にもすがる必死の思いで飛び出してくるのだ。
最近「中国の現行の陳情制度は、本当に有効であるか?」という話題が、SNSなどで盛り上がっている。そのきっかけとなったのは、近ごろ明るみになった、ある地方陳情局の職員による、地元政府役人の汚職に関する実名での告発である。
身の危険も顧みず、内部告発した「阮さん」
場所は、陝西省商洛市の洛南県である。
町の建設業の監督指導を行う「住建局(住房和城郷建設局)」の陳情弁公室(信訪弁)の主任を名乗る「阮某(阮さん)」は、地元の「城市管理局」の副局長である石氏について「彼は賄賂を受け取っている。さらに、虚偽の決算、国有財産を横領している。(石氏は)この3年間に複数の不動産を購入するほどの、出所不明の巨額の財産を持っている」と、SNS上で告発した。
捕捉するが、この「阮さん(阮某)」は、もちろん自身に危険が及ぶことも覚悟の上で、そうしたのだ。
中国メディアが事実確認したところ、洛南県の住建局の陳情弁公室には、確かに「阮という主任」がいることが判明。現在、この告発の件については、関連部門が調査に乗り出しているという。
この件の関連ニュースは現在、SNSで物議を醸している。寄せられるコメントには「結局、身内(陳情局)の闇は、身内の者が一番よく知っているということか」といった、現体制に対する皮肉まじりの言葉も多い。
「陳情者の死」を待つ当局
「阮さん(阮某)」の内部告発を受けて、陝西省の市民である嚴さんは、NTD新唐人テレビの取材に応じて次のように嘆いた。
「陳情局の主任ですら、陳情制度を有効に使えないのが現実だ。この件は、中国で陳情することがどれほど困難で、厳しい道であるかを浮き彫りにした」
実際に嚴さんの妻は、ある問題について何年も政府部門に陳情してきたが、ついに目的かなわず途中で亡くなった。「中国の陳情(制度)は、政府が問題解決から逃げ、責任をほかへ転嫁するための方便でしかない」と嚴さんは指摘する。
同じく、陝西省出身の陳情者である章さんは、かつて交通事故に遭い、体に重い障害を負った。章さんは松葉杖をつき、松葉杖が使えなくなれば車イスに乗って、何年もかけて陳情してきた経歴を持つ。そんな章さんは「陝西省内では(私をふくめて)500人以上が告発している。しかし、問題は全く解決されない」と語る。
「当局は、問題を解決しないばかりか、陳情をする私を569日間も強制労働収容所に放り込んだ。陳情局が設けられているが、それは『お飾り』でしかない。陳情民は、陳情の過程でさんざん苦労させられ、たらい回しされるうちに、ついには命が尽きる。(当局にすれば)陳情する人間が死ねば、問題は解決されたことになるのだ」
北京へ陳情すれば、地元で報復される
米国在住の中国人法律家ハリー・ワン(Harry Wang)氏はNTDの取材に対し、次のように述べた。
「陳情制度は中国特有のもので、特に2014年以降は『越級陳情』が認められなくなった。そのため陳情案件は、事件が起きた地元の政府に差し戻されることになる。そのとき陳情民は、例外なく(地元政府から)報復を受けるのだ」
「あの信訪弁の主任(阮さん)は、そうした陳情の仕組みを知っている。だからこそ、現行の陳情制度を利用するのではなく、ネット上での暴露を選んだのだろう。今回のケースから見えてくることは、要するに、中国共産党統治下の陳情制度を信じるな、ということだ」
ハリー・ワン氏はそう述べたうえで、不公正な扱いを受けるなどの問題を解決するには、中国共産党の統治を終わらせるしかないという。そのために、まずは「民主と自由を実現して、集会やデモ行進の権利を得ることが突破口だ」と訴えた。
「雨の日も、極寒の冬も」命懸けの直訴
中国の公民は、「国家機関や公務員に対して批判・提案を行うとともに、国家機関や公務員による違法行為、職務怠慢に対して上申、告訴または告発する権利を有している」と中国の憲法で規定されている。
これを根拠としているのが、現行の「信訪(陳情)制度」である。各地方の信訪局では、市民からの陳情を受け付ける。ただし、農村などにおける立ち退き・土地収用問題、行政や幹部の不正告発など、地方では解決が得られない問題や苦情の処理を行う機関「国家信訪局」は、北京にある。
実際、各地方から自費ではるばる上京した陳情者は、中央政府に直訴するために、昼夜を問わず、この国家信訪局の前で並んでいる。雨が降る日も、極寒の冬にも、陳情者はまさに命懸けで並ぶのだ。
しかし、陳情者が必死の思いで列に並んでいても、地方の政府職員によって拉致され、地元に連れ戻されることがよくある。中国の民事訴訟法に詳しい馬志文氏によると、地方政府が賄賂を贈って(北京の)国家信訪局の職員を買収した場合、この地方出身の陳情者は「いくら列に並んでも、信訪局に入れない」という。
江蘇省無錫市の陳情者である周小鳳さんは、エポックタイムズの取材に対し、次のように語った。
「2019年に、私は国家信訪局に60回以上行った。雨風の中でも、気温が零下10数度になっても、毎日信訪局の前で並んでいた。ほかの陳情者も皆こうしている。夜中に並ぶ人もいる。こうしなければ、信訪局に入ることはできない。人が多すぎるからだ」
馬志文氏もまた、陳情者の壮絶な苦労を次のように話す。
「朝8時から国家信訪局の前で並びはじめた陳情者が、夜になっても中に入れないことは多い。そうすると次の日、もう1度並ばなければならない。ここに並んでいる間は、トイレにも行けないのだ」
「ようやく国家信訪局には入れても、陳情者は各窓口で簡単な書類に記入するだけだ。国家信訪局も書類を地方の信訪部門に転送するだけである」
「陳情者が、国家信訪局の職員に、事情を詳しく説明しようとすれば、直ちに追い出される。あまりにひどい職員の態度に怒り出す陳情者もいたが、その場で逮捕された」
「中国の法律は、すでに死んだ」
遼寧省の陳情者である劉華さんは「最近は、国家信訪局に行っていない。直訴しても無駄だ。信訪局に行っても、拘束されるだけだ。中国の法律は、もうとっくに死んだんだよ」と嘆いた。
劉華さんと夫は20年前、地方政府の違法な土地売却を告発し、他の村民たちとともに抗議活動を行った。地方政府の不正を中央政府に訴えようと、北京の国家信訪局に複数回行ったが、地方政府の報復を受けて、強制収容所に入れられた。劉さんは「地方政府と中央政府はグルだ」と話した。
その北京の国家信訪局に、過去27年間にわたって直訴し続けてきたというある高齢男性は、こう話す。
「昔、匪賊(ひぞく)は山の奥にいた。いま匪賊は、政府機関のなかにいる」
この男性のいう匪賊(盗賊)とは、もちろん中国共産党を指している。つまり「恐るべき盗賊が、中国の政治をおこなっている」というのだ。
正鵠を得た指摘であると言うしかないが、それにしても、27年間にわたって直訴してきたというこの高齢男性の人生が、一体どのようなものであったのか。おそらくは、想像を絶するほど苦難の年月であったに違いない。
結論を言えば、民衆の陳情は合法的な権利であるが(昔はともかく)現在は、その陳情によって問題が解決される可能性はゼロに近い。「中国共産党の統治を終わらせるしかない」というハリー・ワン氏の主張は、実は誰もが思っていることでもある。
(2023年9月17日、夜9時40分時点で「国家信訪局」前にならぶ陳情民の長蛇の列)
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