オピニオン 上岡龍次コラム

習近平の瀬戸際外交に翻弄される日本とアメリカ

2023/07/08
更新: 2024/06/13

習近平の強気

南シナ海は複数の国が領有権を主張する海域であり同時に海上交通路であるため政治・経済・軍事で緊要地形に該当する。2000年代までは関係諸国の海軍力が乏しいため睨み合いの状態が続いていた。だが急激に豊かになった中国は軍事力を拡大し南シナ海の獲得を進めるようになった。

中国は覇権を拡大するために2014年以後から南シナ海に人工島を作り軍事用の基地に変えた。この時から中国とアメリカの対立関係は悪化し始める。アメリカとしては海上交通路を守ることが国益であるため中国の強引な対応に警戒を始める。

アメリカ海軍が艦隊を使って定期的に南シナ海での航行を継続し、中国は人民解放軍を使い軍事力を見せ付ける対立関係が状態化した。その後2023年になると中国とアメリカの対立関係が悪化するが台湾海峡と南シナ海でエスカレートした。

米軍偵察機RC135が5月26日に南シナ海の国際空域で活動していると、(米国は)人民解放軍の戦闘機が「不必要に挑発的な操縦」で異常接近したと発表した。さらに台湾海峡で6月3日、人民解放軍の艦艇がアメリカ海軍駆逐艦の約140メートルまで接近した。

その後、中国とアメリカの対立は小康状態となり中国とアメリカは外交を続ける道を選んでいる。だが中国の習近平は台湾危機を煽る発言を再開した。「今や世界は混乱と変化の新時代に入り、わが国の安全保障情勢は不安定さと不透明さを増している」「戦争と戦闘の計画を深め、実戦に備えた軍事訓練に集中し、勝利する能力を加速的に向上させる必要がある」と発言しアメリカを威嚇する動きを見せている。

アメリカの制限戦争と中国の瀬戸際外交

3000年の戦争史から見ると人類の戦争目的は全面戦争・限定戦争・制限戦争の3目的に分類されている。全面戦争は部族間抗争・国内戦争などであり、交戦相手の組織を消し去ることが目的。アメリカで言えば南北戦争が国内戦争であり勝利した北部は敗北した南部を消滅させ北部に取り込んでいる。

戦争目的
全面戦争(All-out war) :交戦国の政権を否定する
限定戦争(Limited war) :戦争目的が限定されている戦闘と交渉
制限戦争(controlled war):政治が軍事に介入する

戦争の結果
全面戦争:勝利者が有る戦争(敵国の滅亡)
限定戦争:勝利者が有る戦争(政治の延長としての戦争)
制限戦争:勝利者無き戦争

アメリカは覇権を拡大すると第一次世界大戦から国際社会に関与するようになった。そして第二次世界大戦ではアメリカは全面戦争でドイツと日本に挑んでいる。交戦国だったドイツと日本は限定戦争を採用しているが、この限定戦争は国際社会では基本的な戦争目的だ。

人類の歴史を見ると部族間抗争から国家間の戦争に移行している。つまり全面戦争から限定戦争に移行したことを意味している。人類は戦争の経験から全面戦争は悲惨であることに気付き、政治の延長として戦争が有り外交で解決できないことを戦争で解決する様になった。つまり戦争は政治の手段なのだ。だから目的を達成すれば戦争が終わるので、人類は可能な限り戦争を小さくする道を選んでいる。

だが第二次世界大戦でアメリカが国家間の戦争に南北戦争で採用された全面戦争を持ち込んだ。交戦国を抹殺するのだからドイツと日本の都市を爆撃して直接民間人を殺害することを実行したのだ。これが原因で第二次世界大戦は悲惨になった。

制限戦争論:キッシンジャー(アメリカ)
「交渉と戦闘は段階的に推進すべき。戦略の目的は敵政治意志の譲歩であって敵軍の撃破ではない」

だが戦後になるとアメリカは全面戦争の悲惨さに気付く。戦後のアメリカは全面戦争を破棄するが何故か限定戦争ではなく制限戦争を採用した。そして制限戦争は朝鮮戦争から採用され今のアメリカも採用している。

制限戦争は敵軍の撃破ではなく敵国政権に譲歩させることが目的だ。第二次世界大戦のアメリカであれば敵軍と関わりの有る領域を攻撃し破壊した。だが朝鮮戦争からは戦場を制限し領域外に敵軍がいても攻撃しない。

実際に朝鮮戦争で人民解放軍が義勇軍として朝鮮戦争に参加しているが、義勇軍の兵站基地である中国領を攻撃していない。このため朝鮮半島で戦闘する義勇軍は攻撃されない聖域に兵站基地に置くことができた。

アメリカが戦場は朝鮮半島の領域内だと決めているので、領域の外に置かれた敵軍の基地・部隊は安全なのだ。だから第二次世界大戦で強かったアメリカ軍は朝鮮戦争で敵軍を撃破できなかった。

これは後のベトナム戦争でも同じで、領域の外に北ベトナム軍の根拠地が置かれているので攻撃できなかった。つまりアメリカは交戦国の譲歩が目的なので軍事作戦は交戦国の顔色をうかがいながら行なうのが現状だった。

瀬戸際外交は仮想敵国にコストが合わない小さな戦争を売り付け戦争回避目的で譲歩させる策。瀬戸際外交を採用したのは第二次世界大戦であればドイツのヒットラー。戦後はイラクのフセイン大統領・イラン・北朝鮮・中国が採用している。

瀬戸際外交は仮想敵国が怒って戦争を開始すると失敗するが、アクセルとブレーキを誤らなければイラン・北朝鮮・中国の様に容易には戦争が始まらない長所が有る。ヒットラーとフセイン大統領は瀬戸際外交に失敗したが、北朝鮮は朝鮮戦争から今も存在するから中国が手本としているはずだ。

容易には始まらない原因

実際に中国は何度も人民解放軍を使いアメリカ軍を挑発したが戦争には至っていない。中国は瀬戸際外交でアメリカの譲歩を待ち、アメリカは制限戦争で中国の譲歩を待っている。お互いが譲歩することを待っているので軍事的な対立は政治用の宣伝になっている。だから中国とアメリカの緊張が高まっても容易には戦争は始まらない。

実際に2023年になって台湾海峡と南シナ海で人民解放軍とアメリカ軍の対立はエスカレートした。だが政治的な譲歩を求めることが目的だから小康状態に移行している。そんな時にアメリカのペンタゴンは29日、2023年2月にアメリカ本土で撃墜された中国のスパイ気球は、“カロライナ州沖で撃墜されるまで、いかなる情報も収集・送信していなかった”と記者団に明らかにした。

これは推測だが、アメリカは中国の瀬戸際外交に負けて譲歩した可能性が有る。アメリカが中国との戦争を回避したことを宣言するために、中国のスパイ気球はアメリカ本土で活動していないと公言したとしか思えない。何故ならスパイ気球から中国に向けて情報の収集・送信をしていない証拠を出していない。

日本は蚊帳の外

アメリカが中国の瀬戸際外交に譲歩したと仮定すれば日本の外交は親中派が優勢になるのは間違いない。さらにアメリカが中国に譲歩したなら日本の政治・経済・軍事もアメリカに従うだろう。積極的に中国経済との繋がりを拡大するか中国人労働者を日本に受け入れる可能性が有る。

北海道は中国人が土地を買っているので中国人労働者を受け入れる土壌ができている。そうなれば北海道で中国企業が中国人労働者を使い日本人に製品を売ると中国に金が流入する。そして日本は金を中国に吸い取られ経済が弱体化する未来が待っている。

日本は労働力不足と言われるが外国人労働者を受け入れたら日本人から雇用を奪うことを意味する。そんな時に中国から労働者が日本に入ればどうなるのか?日本人は国土と雇用を中国に奪われてしまう。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
戦争学研究家、1971年3月19日生まれ。愛媛県出身。九州東海大学大学院卒(情報工学専攻修士)。軍事評論家である元陸将補の松村劭(つとむ)氏に師事。これ以後、日本では珍しい戦争学の研究家となる。