「給料を払ってください」 しかし返ってくるのは暴力ばかり、理不尽すぎる末世の中国

2023/06/21
更新: 2023/06/21

現代中国語のなかに「悪意討薪恶意讨薪)」という言葉がある。

ネットで検索してみると「中国史上で最も恥知らずな言葉」という注釈が見られた。これだけでは日本人にはよく分からないので、周辺状況から補足しなければならない。この言葉は、どうも中国の官方による造語であるらしく「悪意をもって、給料(薪)を払えとせがむ(討)こと」をいう。

「悪意討薪」とは、どんな意味か?

その語感は非常にわるく、軽蔑的である。例えば「討飯的」というと、道端にしゃがみこんで通行人に食べ物や金銭の施しを求める「特殊な人」を指す。「悪意討薪」には、それに近い感覚がある。

さて、その「悪意討薪」の具体例であるが、中国のネット写真に、どこかの作業現場らしい屋外の場所に「依法理性維権、厳禁悪意討薪」という大きな赤布の横断幕が掲げられていた。

日本語に直せば「法律に則り、理性的に権利を守らなければならない。『悪意討薪』を厳禁する」となる。

一見まともなことを言っているようだが、その意図は全く逆で、この現場の管理者である官方や雇用主は、おそらく出稼ぎ農民がほとんどであろう労働者に対して、以下のように言っている。あえて悪い語感をふくめて再現する。

「お前たち、おとなしくしていろよ。文句があるなら、法的手続きをふまえて言え。悪意をもって、給料を払えなどと要求することは厳禁だ!」

きわめて威圧的な「押さえ込み」である。つまり、この雇用側は、給料未払いで悲鳴をあげる労働者の訴えを想定して、始めから「悪意討薪」で圧殺しているのだ。

「法律に則り(依法)手続きせよ」と官方や雇用側は言う。しかし、時間も費用もかかる法的手続きが、今日や明日を生きることに必死である出稼ぎ労働者にできるわけがない。

給料未払いを裁判所に訴えるにしても、彼らが原告団をつくり、被害を証明する材料を用意することは極めて難しいのが現状だ。

つまり(報酬を求めない高徳の人権弁護士がいない限り)法的知識に乏しい彼らが「法律に則り」手続きを踏むことは、始めから除外される選択肢なのだ。もちろん官方や雇用側も、それを見込んでいる。

冒頭に述べた「中国史上で最も恥知らずな言葉」とは、そのようなアンフェアな臭気がこの「悪意討薪」に充満しているからに他ならない。

「この国はいったい、どうなってしまったのか?」

華人圏のSNSには中国各地で発生する「悪意討薪」のハッシュタグがつけられた動画が多く投稿されている。どれをとっても悲惨すぎて、とても直視できるものではない。

動画に映っているのは、低層の労働者たちが、本当に泣きながら「私たちにも生活があります。汗水垂らして働きました。どうかお給料を払ってください」などと書かれた横断幕をひろげ、時には土下座をしてまで、雇用側に給料の支払いを懇願する場面ばかりだ。

仕事をしたら、それ相応の報酬を受ける。雇用側は、遅延なく、正規の給料を労働者に支払う。こんな当たり前のことが実行できないとは、この国はいったい、どうなってしまったのか。

ガス企業の前で土下座し、掲げた横断幕には「農民の出稼ぎ労働者が働いた、血と汗の給料を払ってください(還農民工血汗銭)」と書かれている。

もちろん彼らは「働いたぶんの給料を払ってください」という、正当な権利を主張しているだけなのだ。

それに対して「悪意討薪」などと、全く理不尽な「すり替え」がなされてしまう。ひどい場合は、雇用側から暴力を振るわれたり、警察に拘留される人までいるようだ。

 

(ガス企業の前で、土下座して給料の支払いを求める、農民の出稼ぎ労働者たち)

 

河北省:給料を払わないうえ、暴力まで振るう

河北省邢台市隆堯(尧)県で今月16日に撮られたとされる動画では、給料の支払いを求める労働者に対し、雇用側が暴力を振るう場面がはっきり捉えられていた。

動画には「ある工事現場では、長期にわたり農民労働者の給料支払いが遅延してきた。農民労働者が給料を支給するよう求めると、李社長と張氏によって暴力を振るわれた」との説明書きが添えられている。

動画のなかには、さかんに罵語を口にしながら、素手のこぶしや金属の棒を使って労働者を激しく殴りつけ、「まだ文句あるのか?」などと脅しをかける男らの姿があった。

これは明らかな犯罪であるが、それを取り締まる警察官は、残念ながら、今の中国にはいない。

 

「給料を払わないなら、ここで自殺する」

中国のSNS上には、「給料を払わないなら、ここで自殺してやる」として労働者らが集団で高いビルに登り、雇用側に迫るケースが後を絶たない。

なかには、幼い子供(自分の子とみられるが詳細は不明)を抱いて、工事現場の高いところへ登って給料の支払いを求める女性もいる。

この女性がこの後どうなったかは、動画からは分からない。ただ同様のケースのなかには、悲しいことに、本当に飛び降りて自殺してしまう人もいるのだ。

 

(「給料を払わないなら、自殺してやる」と集団で高いビルに登って、雇側に給料の支払いを迫る労働者たち。屋上には「悪心老板還我血汗銭」の文字。悪徳の社長よ、我われの血と汗の給料を返せ、と書いてある)

 

(幼い子供を抱いたまま、工事現場の高所へ登って給料の支払いを求める女性)

 

給料を支払わず、ナイフで刺殺された雇用主

先月31日、江蘇省南市で、3000元(約6万円)の未払い給料をめぐり、ついに労働者が雇い主をナイフでめった刺しにして殺害する事件が起きた。

雇用主は、犯人のナイフを前に「私が間違った、間違っていた(我錯了、錯了)」などと叫んだが、後の祭りだった。

 

中国のネットで調べると「悪意討薪(悪意をもって、給料を払えとせがむこと)」について、次のような具体的な定義がある。

「無申告で勝手に横断幕をひろげる。交通の停滞を起こす。工事現場に勝手に押しかけて工事を妨害する行為。また脅しや故意の嫌がらせ。勝手に集結して仕事場や政府機構を包囲する行為など」

そのような行為が「悪意討薪」であり、これを行うと、当局による「容赦ない取り締まり」の対象になるというのだ。

しかし、実際に賃金の不払い、未払いが多発している。今日を生きることに精一杯の労働者は、悲鳴をあげるばかりだ。

賃金の不払いに関して、中国のネットに示された正しい方法は「労働部門に苦情を申し立てて(無料)、裁判を起こすこと」と結論づけられている。

しかし、本当に関連部門に苦情を申し立てるだけで問題が解決されるのなら、会社の前で土下座したり、横断幕を掲げたり、ひいては自殺までする必要があるのだろうか。

これが殺人事件にまで至ってしまうのは、悲劇としか言いようがない。死亡した人にはまことに気の毒であり、殺人は断じて許されないが、これを単なる個別の事象として見るのではなく、中国に根深い社会問題として考えなければ根本的な解決は難しい。

なぜならば、同様の悲劇が今、中国全土にあふれているからである。

李凌
エポックタイムズ記者。主に中国関連報道を担当。大学では経済学を専攻。カウンセラー育成学校で心理カウンセリングも学んだ。中国の真実の姿を伝えます!
鳥飼聡
二松学舎大院博士課程修了(文学修士)。高校教師などを経て、エポックタイムズ入社。中国の文化、歴史、社会関係の記事を中心に執筆・編集しています。
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