要旨
- 過去10年間、ロシアや中国などの国々が米ドルへの依存を低減し、非ドル通貨での取引を増やす取り組みを行っている。
- 人口が多く新興国を取り込むBRICsは、米ドル覇権に挑戦し、多通貨体制の推進している。
- 中ロが独自通貨でのエネルギー等取引を勧め、国際取引を拡大させ脱ドル化の動きが目立ってきた。
過去10年間にわたり、ロシアや中国を中心とする国々は、米ドルへの依存を低減させる様々な取り組みを行なってきた。非ドル通貨を用いた取引の増加や、外貨準備高におけるドル保有量の削減など、世界貿易におけるドルの影響力を削ぐ手段を講じてきた。
ゴールドマン・サックスの元チーフエコノミストであるジム・オニール氏は、「BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)は存在感を拡大させ、国家間協力を増進させることで、国際金融市場におけるドルの覇権に挑戦を仕掛けるべきだ」と提案した。
3月26日付の学術誌『グローバル・ポリシー』への寄稿のなかで、オニール氏は、BRICSは影響力を高めるために、「人口が多く、経済が有望である」という当初の条件を満たした国々を仲間として受け入れるべきだと提唱した。
「国際金融市場において、米ドルは非常に大きな支配的役割を果たしている」とオニール氏は綴った。「連邦準備制度理事会(FRB)が行う金融引き締めと緩和策はドルの価値に大きな影響を与え、その波及効果は劇的なものだ」。
そして、BRICSの枠組みが拡大することは、複数の基軸通貨からなる国際金融システムの出現を後押しするだろうと付け加えた。
ロシアのアレクサンドル・ババコフ下院副議長はBRICS構成国が独自通貨を発行する提案に賛同を示した。
「その構想においては、米ドルやユーロを守るのではなく、我々の共通目的に資する新しい通貨に基づく新たな通貨体系を導入する必要がある」。ババコフ氏は3月末、インド・ニューデリーで開かれたサンクトペテルブルク国際経済フォーラムのイベントでこう語った。
今年で第15回目となるBRICSサミットは、8月22日から24日にかけて南アフリカで開催される。
昨年、ロシアのプーチン大統領はBRICSビジネスフォーラムの参加者への演説で「我々参加国の通貨バスケットに基づく国際準備通貨を導入することが検討されている」と明らかにした。
「ここでロシアの戦略は一貫していると強調したい。我々は経済的・技術的・科学的な潜在能力を高めると同時に、相互利益の尊重、国際法の絶対的な優越性、国家間・民族間の平等の原則に基づいて、公正なパートナーたちと存分に協力していく考えだ」とプーチン大統領は述べた。
いっぽう、BRICSの構成国がドルに対抗しうる「通貨バスケット」を待っているわけではない。過去1年間に、中国やロシアなどのBRICS構成国が、人民元やルーブルなどで国際取引を決済する事例が多数報告されている。
ウクライナ侵攻後の脱ドル化
2014年5月、中国とロシアは脱ドル化構想の口火を切り、長きにわたって通貨の頂点に君臨してきた米ドルの地位を弱体化させる協定に署名した。
これは10年越しの出来事だったが、ロシアによるウクライナ侵攻以降、脱ドル化の取り組みは加速している。
東欧での軍事衝突の直後、米国政府はロシアの米ドル準備高を凍結した。これにより、ワシントン当局が他国の行為を正当と認めない場合には、当該国の保有するドルを脅かすことができること世界に知らしめた。もう一つの初動対応は、国際決済システムSWIFTからロシアを排除したことだった。当時、およそ300ものロシアの金融機関がこの銀行通信プラットフォームを利用していた。
JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOは、ロシアをSWIFTから排除すれば「予期せぬ結果」を引き起こすであろうと警告した。
金融機関のゴールドマン・サックスは「これらの権限を乱用すれば、他の取引参加者にドル取引の代替となるものを探すことを強いることになりかねない」と指摘。「以前から制裁を受けているロシアはそのような対応を取っている」とし、一部の国の脱ドル化を後押ししかねないと主張した。
2014年のクリミア併合以降、クレムリンは西側主導の制裁を受けてきた。そこでロシア当局はSWIFTの代替となる決済システム「SPFS」を開発した。
独裁体制の中国もCIPSと呼ばれる人民元国際決済システムを開発した。2023年2月時点で、CIPSには約1,400もの金融機関が加盟し、処理する金額は年間約13兆ドルに及ぶ。
3月29日、中国とブラジルは、人民元とレアルで貿易および金融取引を決済するという重要な協定に署名し、二国間貿易のさらなる拡大と投資の促進を図った。その前日には、中国が初めて液化天然ガス(LNG)の購入を人民元で決裁した。中国海洋石油集団はフランスのトタルエナジーズとの間で、アラブ首長国連邦から6万5000トンのLNGを調達する取引を交わした。
習近平氏は2022年12月のサウジアラビア訪問で、上海石油天然ガス取引所を活用し、人民元による石油・ガス取引の決済を増やすと発表した。
プーチン大統領は習近平氏との会談で、ロシアとアフリカ、アジア、ラテンアメリカ諸国との決裁で人民元を使用することを支持すると表明した。プーチン氏はまた、人民元建ての二国間貿易を奨励した。
ウクライナ戦争前、ルーブルと人民元の貿易はほとんど存在していなかった。しかし開戦後、ルーブルと人民元による二国間貿易は急増し、2022年末には2000億ドルに達した。
カンボジアとイラクは、人民元による決済を増やすと計画している。
サウジアラビアのモハメド・アル・ジャダーン財務相は1月、ダボスでブルームバーグTVのインタビューに応じ、サウジアラビアは米ドル以外の通貨を用いた取引にオープンであると表明した。
アル・ジャダーン氏は「貿易の決済を米ドルで行うのか、ユーロで行うのか、はたまたサウジアラビアのリヤルで行うのかを議論することに問題はない。国際貿易を推進するのに役立つ議論を拒んだり、排除したりすることはない」と述べた。
さらに「我々は中国と非常に戦略的な関係を享受している。また、米国を含む他の国々とも同じ戦略的関係を享受しており、私たちと協力する意思と能力を持つヨーロッパやその他の地域の国々との間で同様な関係を発展させたいと考えている」と付け加えた。
ロシアとイランは今年1月、ロシア主導のSPFSにイランのローカル銀行間通信システム(SEPAM)を接続する契約に署名した。これは、イランの外貨両替所(ICE)がルーブルとリヤルの取引を上場させ、双方の市場において現地通貨で貿易の決済ができるようになってから数か月後のことだった。
米外交問題評議会(CFR)の国際政治経済学フェローである劉宗媛(Zongyuan Zoe Liu)氏は、インドが脱ドルを狙う国々の主要な協力者になるだろうと主張した。同氏は2022年3月、「インドはいわゆる脱ドル化を狙う国々を熱烈に支持しているわけではないが、制裁を回避しながらロシアと貿易する方法を見つけた」と語った。
インドでは、4月から12月にかけてのロシアからの輸入が前年比400%近く急増した。それを見たインド政府はより恒久的なルピーによる貿易決済を検討している。双方は米国の制裁を回避しつつロシア製兵器の販売を行うため、ルピーとルーブルの交換システムを確立した。
(つづく)
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