「人質外交」は中共のお家芸 日中外相会談前の日本人拘束が意味するものとは?

2023/04/04
更新: 2023/04/04

訪中した林芳正外相は2日、北京で中国の秦剛外相と会談を行った。秦外相は中国へのハイテク製品の輸出規制を巡り、米国を虎にたとえて「人食い虎を手助けするような行いをすべきではない」と日本をけん制をした。さらに、日本が議長国を務める今年5月予定のG7サミットでも、中国批判に議論が傾かないようにと注文をつけた。

日本側は、中国で拘束された日本の製薬大手・アステラス製薬の幹部社員の件を巡り、中国側へ抗議をするとともに、早期解放を要求した。これに対して中国側は「法律に基づき処理する」と述べただけで、具体的な進展はなかった。

中国は何を企んでいるのか?

なぜ中国共産党が突然、日本企業の幹部社員を拘束したのか。この背後にある真意とは何であり、いったい何を企んでいるのか?
 

そもそも、中国側に逮捕された日本人は果たして本当に「スパイ容疑」なのか、という疑問は残る。何しろ、「スパイ罪」をはじめ、「国家安全に危害を与える罪(危害国家安全)」「国家機密を探った罪」といった罪名は中国当局が好んで使う「ポケット罪(口袋罪)」だからだ。

中国語の「口袋」とは、上着やオーバーコートなどの衣服にあるポケットを指す。この「ポケット罪」とは、幅広い範囲に適用できて、まるでポケットに物を出し入れするように「気軽に人を罪に問える」という意味である。つまり、相手が誰であれ、中国当局はこの罪名によって、いくらでも恣意的に人を拘束できるのだ。しかも、その捜査や司法プロセスは極めて不透明である。

一度は「味をしめた方法」

例えば、2018年にカナダで身柄を拘束された中国通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長兼最高財務責任者(CFO)の件で、中国政府がカナダ政府への報復として拘束したカナダ人男性2人にも、この「ポケット罪」が使われた。

その際、2人が(中国の)国家機密を探り(中国の)国家安全に危害を与えたことを裏付ける証拠は、終始提示されなかった。それにも関わらず、中国当局はこのカナダ人2人を人質に取り、最終的に「人質交換」という形で、カナダに孟氏を釈放させた。要するに、中国はカナダとの「人質外交」あるいは「人質取引」において、見事な成功を収めたといえる。

外国人を恣意的に拘束して人質にとり、その国の政府に譲歩を迫る、これはいわば、中国が一度は「味をしめた方法」ということになる。したがって、今回のアステラス製薬の幹部社員拘束も、本質的には「孟晩舟人質外交事件」のコピーではないだろうか。

今回、中国は日本に対してもカナダの時と同じ手を使って、譲歩を迫ろうとしている可能性は高い。となると、いったい中国は日本から何を得ようとしているのか?

半導体同盟」に突破口を開く

真っ先に思い浮かぶのはやはり「半導体技術とその製造設備」だ。中国がこれを喉から手が出るほど欲しがっているのは周知の事実だが、現在は米国の主導下で結成された米日欧韓台の「半導体同盟」が先端半導体の対中輸出を規制している。

米国はさらに、米主導の新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」や「チップ4(日米韓台半導体同盟)」などを通じて、世界の半導体供給網を再構築して、中国をそこから排除しようと動いている。

これらの動きは、中国のハイテク産業や軍事産業のみならず、未来10年間の中国の経済発展に対しても壊滅的な打撃をもたらすことになるのは必至だ。

中国はもちろん、米国との関係悪化で、もはや米側の決策(けつさく)を揺るがすことができないのは十分承知している。そこで米国に比べて力が弱いとでも考えたのか、日本に目を付けた。そこから圧力をかけて、日本のほうから何らかの突破口を見出そうとしているのだろう。

したがって、中国側は今回の人質事件を通じて、中国に対する半導体分野での締め付けの緩和、ひいては中国がより多くの半導体技術や設備などを入手できるよう、日本に協力を求めた可能性が非常に高いと思われる。

日本は「台湾に関わるな」

中国が日本に譲歩を迫りたい項目には台湾も入っているだろう。「両岸統一」は習近平国家主席の3期目の最も重要な政治的願望であり、2027年の4期目続投へ向けた重要な交渉材料でもあるからだ。

しかし、統戦(中国共産党中央統一戦線工作部)などの欺瞞的手段による台湾の政権奪取が望めなければ、必然的に「武力による統一」へと踏み出すことになる。

だが、いったん台湾に軍隊を送れば、地政学的利益と国防が脅かされる日米両国は必然的に軍事介入をしてくるだろう。もし中国が敗れることがあれば、習政権は危うくなるため、中国側は台湾や米国の後援である「日本」をけん制したいと願っているはずだ。

したがって、中国は今回、および今後の人質外交や人質取引を通じて、「台湾問題における譲歩」や「米国との軍事同盟における消極的態度」などを日本に求める可能性が高いと思われる。

自由貿易協定へ「割り込む」か

日本に迫りたい譲歩項目の1つに、日本が主導する「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」も考えられる。

TPPは高い水準の関税の撤廃率、および投資や電子商取引などの自由度の高いルールが特徴の自由貿易協定である。なお、加入には、日本など既存の加盟国の一致した同意が必要となる。

中国は間違いなく同協定への加入を望んでいる。そのため、今回の人質事件を利用して、「自国の加盟承認」および「台湾の加盟不承認」を日本に求める可能性も排除できない。

いずれにしても、中国による今回の日本人拘束の背後には、日本人を人質にして日本政府と卑劣かつ非対称な外交取引を行おうとする狙いがあった可能性が非常に高い。

このような中国に対し、日本側はどう対応すれば米国や台湾との同盟関係を犠牲にすることなく、自国民の安全を確保できるのかーー。岸田政権の知恵と手腕が試されている。

(翻訳・李凌)

唐浩
台湾の大手財経誌の研究員兼上級記者を経て、米国でテレビニュース番組プロデューサー、新聞社編集長などを歴任。現在は自身の動画番組「世界十字路口」「唐浩視界」で中国を含む国際時事を解説する。米政府系放送局ボイス・オブ・アメリカ(VOA)、台湾の政経最前線などにも評論家として出演。古詩や唐詩を主に扱う詩人でもあり、詩集「唐浩詩集」を出版した。旅行が好きで、日本の京都や奈良も訪れる。 新興プラットフォーム「乾淨世界(Ganjing World)」個人ページに多数動画掲載。