今年9月、日本と中国は日中国交正常化50周年を迎える。中国大使館や日中友好団体らは歓迎行事などを開いており、外務省によれば日中国交正常化50周年事業で両国を舞台に60以上の事業を用意している。
そのいっぽう、中国国内では反日感情が高まるような事案が続発している。一連の出来事は中国当局が容認して起こしたものとの推測もある。専門家は、日本政府の台湾政策や防衛政策など硬派な政策を軟化させるため、中国でビジネスをする日本企業に圧力を与えて政策に影響をもたらそうとしているとも分析する。
「日本風」に不満
北京地下鉄の黄廠駅構内に描かれた大型壁画「集市童趣(邦訳:市場に集まる子供の楽しみ)」は、微博など中国のソーシャルメディアで多くの非難を浴びた。作者の説明では古い北京市場の風情を表しており、紙風船を追い、人形劇に微笑む子供の様子などが描かれている。繊細なタッチで浮世絵のような特徴のある作品だ。
この壁画作品は2019年12月、北京地下鉄7号線の延伸工事完成時に初めて公表されたが、最近になって「日本的な特徴がある」とネットユーザーたちが相次ぎ不満を訴え始めた。オンラインに集まる多くの声に応え、北京地下鉄公社は今年7月29日に「調査の開始」を発表した。
これはほんの小さな事案に過ぎない。7月21日には南京の玄奘寺に「南京事件に関わる日本軍戦犯の位牌が安置されている」と写真付きの書き込みがあり、論争を引き起こした。ある女性が「宗教的な理由」で設置したものだという。
この事案について、官製メディアも相次ぎ報じた。中国中央テレビ管轄メディアも「国辱を忘れるな」と論説を掲載。共青団中央は微博で「恥を知れ」と激しく非難した。人民日報や北京日報も同様に、政府に徹底調査を要求した。
官営メディアが伝える調査過程によれば、位牌を設置した女性は「政治的な動機はなく、南京事件の歴史に触れ、精神的苦痛から宗教儀式を行った」という。しかし、女性に対する糾弾に世論が沈静化することなく、玄奘寺住職の解任、南京市宗教局職員の処罰まで行われた。
中国のすべての宗教組織は中国共産党に隷属しなければ活動を行うことができない。この玄奘寺の事案を受けて、中国仏教協会会長の演覚法師は7月27日、「戦犯を供養することは国益を損ない、民族感情を傷つける悪質な行為」であり、「仏門に恥をかかせ、全国の仏教界に警鐘を鳴らした」と批判的な言葉を並べた。そして仏教界に対して「全面的かつ厳格な宗教の統治」を呼びかけた。
玄奘寺事案を契機に、日本に好意的な文化や表現に対する凶弾が加速した。オンライン大手動画配信「BliBli」(ビリビリ)は、東北部・山東荷沢から内陸部・雲南にいたる計20か所の会場で行われるイベント「夏日祭(邦訳:夏祭り)」を準備していた。アニメ愛好者の集まりであり、日本とは無関係だと運営側は主張したが、施設管理側は会場の利用取り消しなどの措置を講じた。こうして、夏祭りは中国風イベントに変更となった。
いずれも日本の印象に対して強い憎悪を示した例となっている。一部の中国メディアは、アニメで表された日本文化は「徐々に若者の心を蝕んでいる」と批判した。ユーザーの意見を取り上げて「新・抗日戦争の始まり」と揶揄するまでに至っている。
「憎悪教育」が背景に
米ボストンに拠点を置く時事コラムニストの王剣氏は、最近の反日感情の共通した特徴は、中国共産党の「憎悪教育」が背景にあると米ボイス・オブ・アメリカ(VOA)の取材に答えた。文化大革命時代に育った王氏にとって、こうした考えは習慣的となっているという。「中国官製メディア、主に中央宣伝部は、この反日世論を際立たせている」と王氏は述べた。
憎悪の渦の中で、犠牲を被るのは中国在住の日本人に限らず中国人も含まれる。顕著な事例として、2012年9月、日本政府による尖閣諸島の買い取りが決まると、中国各地では反日デモが相次ぎ一部は暴徒化した。デモ周辺の日本料理店やアパレル店、スーパーマーケット、日系自動車などが襲撃され被害を受けた。
昨年、中国の大連市にある日本をテーマにした文化・住宅プロジェクト「唐小京都」が突如として閉鎖された。2019年に60億元かけて建設をはじめ、2024年の完成予定だった。京都の清水寺や二年坂などを模した地区が設けられたほか、北海道など日本の地方物産店も出店。しかし、「日本文化による侵略」といった反日感情が世論で高まると、大連市は、プロジェクトの建設を担った大連樹園集団に操業停止を指示し、日中の出資側は巨額損失を被った。
中国官製メディアに報道されていないものの、「夏日祭」騒動後、各地のアニメショーでは日本アニメのキャラクターに扮したコスプレイヤーが殴られたり、彼らが食べようとした食べ物に針が入っていたなどの事件が起きている。浙江省蘇州市では、浴衣をまとう若い女性が「中国人の感情を害した」として警察官に連行されたとの動画もオンラインに出回った。
台湾台中市の東海大学日本地域リサーチセンター長の陳永峰氏はVOAに対して、2012年当時の事件との共通点として「中国当局の黙認」と共通項を挙げた。「反日キャンペーンに限らず、中国の一般社会ではどのような分野でも共産党や政府の承認がなければ行うのは難しい。以前のように、日本車を燃やしても反日デモをしても、基本的には政府の許可の下で行われていたことがわかっている」と陳氏は分析する。
反日活動の容認はオンライン空間にも共通する。前出の王剣氏もまた、中国のネットユーザーが目にした情報は、すべてプロパガンダ機関である中央宣伝部が「容認」しなければ拡散できないものだと指摘する。
北京が反日感情をどのように操作しているかについてさまざまな分析がある。王剣氏は、インターネットを通じて中国の若者は広く多様な見識を目にするようになったため、中国政府の統制と世論操作の効果は次第に低下することが予想されると述べた。
G20での日中首脳会談の可能性
昨今の反日騒動は、対中硬派であった安倍晋三元首相殺害事件直後に起きた。11月には、3期目を控える習近平国家主席がG20首脳会議で岸田文雄首相と初対面する可能性もある。
台湾高雄拠点の当代日本研究学会の郭育仁理事は、こうした騒動の背後には、中国共産党が民族主義を意図的に操作した可能性もあり、両国の政治局面に変化を与えるための布石ではないかと推測する。
安倍氏の死去について、中国共産党や政府は弔意を示すなど軍事・外交対立に波風を立てなかった。いっぽうで、民意を操作して間接的なシグナルを発信した可能性がある。
台湾や米国との関係を強固にし対中硬派戦略を世界的に牽引した安倍氏は、中国の一般社会では憎悪の対象となりえる人物だった。その死を「歓迎」する民衆の反応に、中国外交部の華春瑩報道官は「中国人には表現の自由がある」と容認。 環球時報は解説として、一般庶民は「あまり洗練されておらず、愛憎を明示的に表現する」と書き、隣国の元首相の死に対する冒涜を正当化した。
「台湾政策や防衛政策で強固になれば、中国でビジネスを広げる日本企業にとって不利に傾くと警告している。岸田政権に間接的な影響を与えるように日本企業に圧力をかけている可能性がある」と郭氏はVOAに述べた。
中国共産党の拡張に強い懸念を抱き、自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)をはじめ対中包囲網を築こうと試みてきた安倍元首相。同氏の国葬儀は9月27日に東京・日本武道館で執り行われる。この2日後の9月29日は「日中国交正常化の日」であり、50年前、北京で田中角栄首相と中国の周恩来国務院総理が日中共同声明に署名した。日中双方にとって、政治的に敏感な期間を迎えようとしている。
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