中国当局による法輪功学習者への迫害(3)狂気の性的虐待

2019/02/12
更新: 2019/02/12

 

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中国当局は1999年、法輪功学習者に対する弾圧政策を始めた。学習者に法輪功を放棄させるため、当局はさまざまな拷問を用いた。凄惨な性暴力を受けた法輪功学習者は少なくない。

法輪功情報を発信する「明慧網」の報道に基づき、男性と女性の法輪功学習者が拘禁中、看守らの指示を受けた同性の囚人などから受けた性的暴行や、その他の性的拷問に触れる。

男性学習者へのわいせつ行為と強姦

河南省出身の学習者、何洪亮さんは60代だった2008年6月に同省許昌市第三労働教育所に拘禁されて以降、さまざまな拷問を受けた。2009年6月、看守の張清善と囚人の陳国旗らは、何さんを浴室に連れ出した。陳国旗は自らのズボンを下ろし、性器を何さんの口に押し込んだ。

これに何さんは「違法行為だ。私への侮辱だ」と強く抵抗したため、陳国旗が止めた。しかし、1週間後、囚人の張偉らは再び、何さんに同様のわいせつ行為をした。何さんは、看守所幹部に抗議したが、「あなたが法輪功の修煉をやめないから、仕方がない」と言われた。

湖南省衡陽県に住む学習者の戴国和さんは、同省新開鋪労働教育所では、薬物使用で逮捕された収容者から暴行を受けた。2008年、男性囚人らは看守らの指示で、戴国和さんにさまざまなわいせつな動作を見せた。戴さんが目を閉じると、囚人は自分の性器を戴さんの口に押し込んだ。

いっぽう、河北省邯鄲市に住む王剛さんは30歳だった2011年7月に邯鄲市労働教育所に連行された。同年12月30日、同労働教育所の男性入所者、師衛紅は、王剛さんをレイプした。強いショックを受けた王さんはその後、精神状態が不安定になった。

この性的暴行が明るみに出た後、邯鄲市労働教育所は隠ぺい工作を行った。さらに、2012年3月6日、労働教育所当局は、加害者である師衛紅を釈放した。

四川省重慶市江北区出身の法輪功学習である羅向旭さんは、2000年、中国当局に4年の禁錮刑を言い渡された。羅さんに対して法輪功の修煉をやめさせるため、同省の永川刑務所の看守らは、囚人に指示して拷問した。ある日、囚人らが羅さんを殴打した後、うちの3人の囚人が羅さんを床に抑えつけてレイプした。

同刑務所で行われた「転化(学習者が法輪功の修煉を止めること)心得交流会」で、多くの学習者は同刑務所で受けてきた拷問を暴露した。羅さんも、自身が受けた性的暴行を暴いた。

学習者の劉永旺さん(47)は天津大学を卒業した後、エンジニアとして北京市にある外資企業に勤めていた。2006年、中国当局に懲役8年を言い渡され、河北省唐山市冀東刑務所に拘禁された。

拘禁中、看守の鄭亜軍が14人の囚人に指示し、劉さんに対して毎日、拷問を繰り返した。ある日、6人の囚人が劉さんを地面に抑え込み、3回劉さんの性器を直接触った。

屈辱と苦痛を受けた劉さんは2009年1月17日、同刑務所の規律検査部門に対して、鄭亜軍と他の15人の囚人に刑事責任を追及するよう求めた。しかし、これ以降、虐待がエスカレートした。その後、劉さん家族が弁護士の協力を得て、何度も同刑務所の管轄機関に直訴し、鄭亜軍は処分された。

女性学習者が受けた「同性による性的拷問」

四川省資中県に位置する楠木寺女子労働教育所は、女性の薬物常用者に対する強制労働教育を行うところだった。しかし、法輪功学習者への弾圧政策が始まって以降、多くの女性学習者がここに拘禁され、拷問を受けた。

2003年、労働教育所の幹部が、収容されている薬物常用者に命じ、当時まだ20代だった女性学習者の羅夢さんの衣服を全部脱がし、ベルトや木の棒などで殴打した。囚人らは、法輪功学習者の黄敏さん(迫害ですでに亡くなった)と黄国群さんに対して、羅夢さんの腿の内側に法輪功を誹謗(ひぼう)中傷する文言を書くようと強要した。

黄敏さんが激しく抵抗したため、囚人の李紅らは黄さんを裸にして暴行を加えた。さらに、李紅らは、黄さんの髪の毛を引っ張りながら、黄さんの頭を羅さんの下半身に近づけ、黄さんの口を羅さんの下半身に触れるようにした。

李紅は羅さんの胸を触るなどわいせつな行為をし、さらに指を羅さんの下半身に入れてわいせつ行為をした。

女性警官の男性学習者に対する性的虐待

張世航さんは山東省済南市に住む学習者だ。2006年5月、同市槐蔭区匡山派出所に拘束された。同区の女性警察官、胡春雨ら2人は、法輪功の修煉を辞めるよう張さんに強要した。しかし、張さんは拒否した。これに怒った胡らは、張さんをベッドに縛り付け、ゴム製の警棒で張さんを殴打した。

それでも、法輪功の修煉を止めないとした張さんに対して、胡らは電気棒を張さんの下半身や肛門に入れて感電させた。張さんの下半身は血まみれになった。

集団レイプの場面などを見せつけられる

2000年、中央当局に法輪功への弾圧政策を止めさせるため、一部の学習者は地方から上京し、天安門広場で抗議活動を行った。当局に拘束された学習者らは地元に送還されないよう、出身地や氏名を明かさなかった。当局は学習者を、北京市昌平区七里渠に位置する看守所に連行した。

ここで、警官らは女性学習者全員の衣服を脱がせ、男性獄屋に入れ、男性囚人に集団レイプさせた。警官らは、すべての男性学習者を集め、この集団レイプの場面を見せつけた。

ある山東省出身の男性学習者は、この惨酷さに耐えられず、出身地や氏名を名乗りだした。明慧網によると、この男性学習者が、当時の状況について、「悲惨で目も当てられないほどだった」と話していたという。

女性学習者の祝芸方さんは、2002年9月29日、四川省成都市金牛区九里堤派出所の警官に連行され、成都市看守所に拘禁された。所内の薄暗い部屋で、祝さんは連続7日間の拷問を受けた。祝さんは、睡眠を許されなかった。ある一人の女性警官は、祝さんをさらに苦しめるため、警察学校に通っている若い男性警官らに同性愛者の性行為やみだらな動作をまねさせ、これを祝さんに見せつけた。祝さんが抵抗すると、警官らはライターで祝さんの顔や眉に火を付けた。また、警官らは祝さんに「レイプするぞ」と脅かした。

60代女性学習者の下半身を棒と歯ブラシで迫害

2002年、遼寧省大連市教養院で、大の字に縛り付けられた当時60代だった女性学習者の付淑英さんに対して、看守らの指示で、囚人らは長い棒を付さんの膣に入れた。このため、付さんの下半身が深刻な感染症にかかった。囚人らはさらに、歯ブラシを付さんの下半身に入れて、突っついたりこすったりなどの行為をした。付さんは下半身に深刻な傷を負った。現在70代となった付さんは、さまざまな拷問、性的暴行を受けた結果、寝たきりになった。

女性の胸部などを電気棒で感電

女性法輪功学習者は、男性学習者と同様に、電気棒による性的拷問を受けた。

遼寧省出身の学習者、王雲潔さんは2003年、法輪功学習者への迫害で悪名高い馬三家労働教育所で、電気棒による拷問を受けた。警官らは2本の高電圧が流れる電気棒で、王さんの乳房を数時間連続で感電させた。王さんの乳房は原型をとどめないほど、損傷した。王さんは2006年7月亡くなった。

山東省沂南県の大王荘郷(現在、同県蒲汪鎮に合併された)に住む学習者、秦洪芹さんは1999年12月29日、同郷の党委員会幹部に拉致された。2000年1月4日、村のごろつき5人は秦さんに対してわいせつ行為や殴打などをした。5人のうち、王現永が秦さんのズボンや下着を脱がし、電気棒を秦さんの下半身に入れるなどの暴行をした。

他の性的迫害

具体的な時期は不明だが、北京市朝陽警察分局第二看守所で女性学習者に対して性的迫害をした。看守ら4人は女性学習者を地面に倒し、仰向けに固定し、学習者の下腹部の上に木の板を置いた後、板の上に乗り、強く踏みつけた。女性学習者の内臓が破裂し、大量出血した。

また、同第二看守所で地方から上京した女性学習者は、迫害に抗議するためハンストを行った。看守らはこの女性が生理中であるにもかかわらず、下着やズボンを膝まで下ろし、木で作られた十字架に女性を大の字に縛り付けた。

当時45歳だった江蘇省常州市に住む王玉琴さんは、北京で陳情活動を行ったため、2000年12月に同省句東女子労働教育所に拘禁された。ここで、看守らは王さんの乳房を握りつぶしたり、針で刺したり、足や膝で王さんの下半身を蹴るなどの暴行をした。さらに、王さんの下半身に紙を入れるなど、性的拷問をした。王さんは2002年に亡くなった。

明慧網は、ここで取り上げた事例は中国国内にいる法輪功学習者が受けた凄惨な性的迫害の一部に過ぎないとしている。

(おわり)

(翻訳編集・張哲)

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