【軍事情報局】米軍電撃作戦 マドゥロ大統領拘束の全貌 デルタフォース・F-22投入 4時間40分で決着【2026年1月3日】

2026/01/05
更新: 2026/01/06

1月3日、米軍は「揺るぎなき決意(Operation Unwavering Resolve)」特別作戦を発動し、わずか数時間でベネズエラのマドゥロ大統領を拘束した。作戦にはデルタフォース(第1特殊部隊)をはじめ、チヌーク輸送ヘリ、F-22戦闘機、そしてRQ-170無人偵察機が投入され、ラ・グアイラ港およびティウナ要塞への空爆により防空システムを完全に破壊した。米軍がベネズエラに攻撃を加えると、中国共産党は内心穏やかではいられなかった。

マドゥロは全国向けの演説で繰り返し米国を挑発していたが、その結果、米国から「新年最高の贈り物」を受け取る形となった。1月3日早朝、「揺るぎなき決意」作戦が正式に発動され、短時間のうちにベネズエラへの攻撃とマドゥロ拘束が実行されたのである。

1月3日夜、マドゥロを護送する航空機はすでにニューヨーク郊外のスチュワート空港に到着していた。同空港は軍民両用の飛行場であり、世界的に知られるウェストポイント陸軍士官学校にも近い。公開された映像では、多数の軍関係者がマドゥロを建物内へ護送する様子が映っている。

マドゥロが拘束されるわずか数時間前、彼は中国共産党の特別代表・邱小琪と会談していた。邱は中共のラテンアメリカ通であり、かつてブラジルおよびメキシコ駐在大使を務めた人物である。会談終了数時間後、米軍が作戦を開始し、マドゥロ拘束に踏み切った。邱小琪が帰国後、しっかりと習近平に報告するように望んでいる。

本稿では、米軍がどのようにして短時間でマドゥロ拘束を成功させたのかを詳しく見ていく。

CIA数か月の情報戦:マドゥロの生活を完全掌握

この軍事作戦は数か月にわたり綿密に準備されていた。2025年8月以降、米中央情報局(CIA)はベネズエラ国内で活動を強化し、内部協力者からマドゥロの詳細な生活情報を収集していた。内容は、食事内容や服装、日々の行動時間、さらには飼育ペットの種類にまで及んでいたという。

ロイター通信によると、米側はマドゥロの周囲に情報提供者を配置し、リアルタイムで正確な所在を伝達できる体制を構築していた。ベネズエラへの攻撃は天候に左右されるため、作戦発動のタイミングを確定できず、標的の正確な位置を掴む信頼性の高い情報が極めて重要だった。

さらに、米軍は国内にマドゥロ邸と同一構造の訓練施設を建設し、実戦さながらの訓練を重ねていた。2025年12月初頭の時点で、すでに戦闘準備が完了し、いつでも出動可能な態勢にあった。

その間、トランプ大統領はマドゥロに複数の降伏機会を与えていた。もし退任を選ぶなら、安全にロシアへ渡り、アサド大統領と麻雀を打てるだろう。しかし、マドゥロは自らの力を過信し、強気な要求を続け、最終的に米側の提案を拒絶した。自ら破滅を招いた形である。

米側はクリスマスから新年にかけて天候の推移を慎重に観察しており、1月2日夜、空模様が安定したことを確認すると、作戦実行を最終決定した。

マドゥロ拘束の舞台裏:トランプの命令で150機一斉出撃

午後10時46分、トランプ大統領はマドゥロ拘束を命令した。1時間以内に計150機の航空機が20か所の発進拠点から一斉離陸し、ベネズエラへ向かった。参加機には、F-22、F-35、F/A-18スーパーホーネットのほか、EA-18「グラウラー」電子戦機も含まれていた。

F-22は制空権の確保、F-35とF/A-18は対地攻撃任務を担当し、EA-18は電子妨害を担った。また、戦域上空には多数の無人機が展開し、リアルタイムな情報を米軍司令部へ送信していた。

未明の空爆で防空網を制圧 ラ・グアイラ港とティウナ要塞が壊滅

米東部時間の午前1時(ベネズエラ現地時間午前2時)頃、米軍は首都カラカス上空に到達し、爆撃を開始した。任務は敵防空網制圧であり、ヘリ部隊進入のための安全航路を確保することが目的であった。

現地の映像では、低空飛行する複数のヘリコプターが確認されている。中でも大型のCH-47チヌーク輸送ヘリにはデルタフォース隊員が搭乗しており、これを護衛するのはAH-1「コブラ」攻撃ヘリである。奇襲効果を高めるため、ヘリは地上約30メートルの超低空で侵入し、ベネズエラ側は全く察知できなかった。

同時に、米軍はカラカス周辺の複数の軍事拠点に対して大規模な空爆を実施した。地図上で見ると、1番は沿岸のラ・グアイラ港、2番目はラ・カルロタ空軍基地、3番目は陸軍司令部を擁するティウナ要塞、4番目は山地のレーダー基地である。

ラ・グアイラ港は首都カラカスの外港であり、海軍の主要基地として機能していた。映像では港湾施設から炎が噴き上がり、弾薬庫として転用されていたコンテナ群が連鎖爆発する様子が映されている。米情報機関は港湾内の武器庫を事前に把握しており、これが空爆の主目標とされた。

ティウナ要塞も集中的に攻撃を受けた。同要塞はカラカス南部にあり、国防省や情報機関の司令センターが置かれた中枢拠点である。空爆後の映像では、要塞全体が壊滅し、破壊された装甲車や中国製8×8水陸両用車の残骸が確認できる。この徹底的な破壊ぶりからも、米軍攻撃の正確さと火力の圧倒性がうかがえる。

1月3日、米軍はティウナ要塞の衛星画像を公開した。複数の建物が地上から完全に消滅しているのが確認された。現地の映像では、軍人や民間人が車で必死に逃走する場面が映っており、ベネズエラ軍兵士は戦意を喪失し、反撃の余地がなかったとみられる。一方で、米軍は敵部隊の動向を完全に把握し、攻撃のタイミングを自在に掌握していた。

ブークとS-300を撃破 防空網は壊滅状態

カラカス近郊では、ベネズエラ警察特殊部隊の拠点が空爆を受け、徹底的に破壊された。炎上する車両と装甲車が多数確認され、警告灯が激しく点滅している。

米軍のもう一つの主要な標的は防空システムであった。現地の映像では、ロシア製「ブーク(Buk)」システムが被弾して爆発し、弾薬誘爆によって夜空が閃光に照らされている様子が確認できる。火災は数時間にわたり続いた。

さらにラ・カルロタ空軍基地ではS-300システムも破壊された。映像には連続爆発と火光が映り、基地全体が火炎に包まれている。ロシア製の主力防空兵器群は、米空軍の圧倒的な制圧力の前に完全に沈黙した。

米軍の未明の空襲は、ヘリ部隊進入のための障害物除去を目的としていた。現地時間午前2時頃、遠方で連続爆発が発生し、都市全体が停電に包まれる映像が記録されている。背景にはヘリコプターの轟音が響き、別の映像では住民が「海兵隊が来た!」と叫ぶ声が録音されていた。

この一夜、ベネズエラの防空体制は事実上壊滅し、マドゥロ政権も瓦解した。米軍の迅速かつ精密な作戦遂行は、現代戦史における新たな転換点となったといえる。

デルタフォース低空突入 チヌークで寝室ベッド上捕縛

注目すべきは、この作戦に投入された大型輸送ヘリコプターを、アメリカ陸軍第160特殊作戦航空連隊(160th SOAR)が運用していた点である。同部隊は「ナイト・ストーカー(夜行の狩人)」の通称で知られ、米軍の中でも最精鋭の航空特殊部隊の一つである。デルタフォースやネイビーシールズ第6チーム(DEVGRU)と共同での作戦任務が多く、夜間や複雑な低空飛行、精密投下および火力支援を主に担当する。彼らはブラックホークやチヌークなどのヘリコプター操作に高度な技能を有することで知られる。

アメリカ軍のヘリコプター編隊はマドゥロが潜伏する基地に接近する際、地上からの反撃を受けた。1機が被弾したものの、安全に飛行を継続し、最終的に無事帰還した。この作戦において米軍側の死傷者は報告されていない。公開された映像には、海兵隊のAH-1「コブラ」攻撃ヘリが地上に対して連続射撃を行う様子が映されており、現場の緊迫した状況をうかがわせる。

デルタフォースはチヌークで現地へ移動し、マドゥロの潜伏先に到着後、2個小隊に分かれて行動した。一方は周囲の安全確保とベネズエラ治安部隊の増援阻止を担当し、もう一方がマドゥロの居住区画に突入して拘束を実行した。マドゥロは米軍の追跡を逃れるため、厚鋼鉄製の地下シェルターを建設していたが、米軍側は仮に籠城された場合に備え「焼夷装置」と呼ばれる特殊機材を準備していた。これは鉄扉を最短47秒で溶断可能な装備であったとされる。だが実際の突入では使用の必要すらなかった。作戦はあまりにも迅速であり、マドゥロは反応する間もなく、寝室のベッド上で拘束されたという。

マドゥロを確保した米軍部隊は、ただちにヘリで撤収を開始した。その間、上空では戦闘機と無人機が火力支援を継続しており、作戦全体は綿密な空地協同のもとに進行した。米東部時間午前3時26分、特殊部隊は目標を確保した状態で、カリブ海上に展開する強襲揚陸艦へ安全に着艦した。

米軍の完璧な作戦

作戦の展開速度は極めて迅速であった。午後10時46分にトランプ大統領が命令を発出し、午前1時に爆撃を開始。ヘリ部隊がベネズエラ領内に侵入してマドゥロを生け捕りにし、午前3時26分には強襲揚陸艦へ安全に帰還していた。指令発出から作戦完了まで、わずか4時間40分であった。まさに電光石火の作戦行動といえる。

同日行われた記者会見で、米軍統合参謀本部議長のダン将軍は「このような作戦を実現できるのは、世界でもアメリカだけだ」と述べた。インターネット上では、中国の一部ネットユーザーが「台湾に対しても同様の行動を取るべきだ」と発言しているが、現実との乖離は明白である。ロシア空挺軍がウクライナのホストメル空港で全滅に近い損害を受けた事例は周知のとおりであり、このような高度な作戦を遂行できる能力は中共軍には存在しない。中共空挺軍は創設から数年しか経過しておらず、米軍と比較の対象とするのは非現実的である。

今回の作戦では、米軍は複数の戦闘機を投入した。その中には最新鋭のF-22戦闘機も含まれていた。1月3日、プエルトリコの航空ファンが地元空港で撮影した映像には、3機のC-130輸送機のほか、少なくとも12機のF-22および多数のF-35戦闘機が並ぶ様子が確認された。これらの機体はいずれもバージニア州ラングレー空軍基地を発進し、作戦に参加したとみられる。

作戦終了後には、複数のF-35戦闘機がプエルトリコへ帰還する姿も目撃された。夜明けの光を浴びながら帰還するF-35の映像は、軍事専門家の間でも象徴的なシーンと受け止められている。また、同日早朝には極めて珍しいRQ-170ステルス偵察機が基地へ帰還する様子も撮影された。RQ-170は全翼設計を採用した高性能ステルス偵察機であり、グローバルホークやMQ-9よりも上位に位置づけられる。ビン・ラディン捕捉作戦「ネプチューン・スピア」にも投入されたことで知られる機体である。

さらに、現地の住民が撮影した映像では、プエルトリコ南部上空でKC-130空中給油機がCH-53「スーパースタリオン」輸送ヘリに給油を実施する様子も確認された。

一方、ベネズエラ軍の反応は鈍かった。米軍の作戦完了時にはすでに夜明けを迎えていたが、一部のベネズエラ部隊がようやく市街地に姿を現した。現在確認されている映像では、旧式の歩兵戦闘車が巡回を行う様子が映るものの、その目的は不明である。

マドゥロがニューヨークへ移送 軍崩壊、市民が祝賀

滑稽なのは、1月3日昼、現地の住民がベネズエラ空軍のF-16戦闘機4機が緊急発進し、低空飛行する様子を撮影したことである。米軍がすでに大統領を拘束した後の対応であり、その行動に実質的な意味はなかったとみられる。F-16が低空飛行を選んだのは、米軍の偵察網に捕捉されロックオンされるのを避けるためと推測される。ベネズエラはF-16およびSu-30を保有しているが、この夜、米空軍を前に出撃の意思を示す部隊は存在しなかった。

空爆後、現地の記者がカラカス近郊のラ・カロタ空軍基地に入った際、基地は完全に放棄され、厳重警備を誇った施設も無人化していた。記者は「まるで無人の境を歩いているようだった」と伝えている。これにより、ベネズエラ軍は事実上の戦闘能力を喪失し、組織として崩壊していたことが明らかとなった。

その日の昼には、多数の市民が街頭に繰り出し、国旗を振り、歌を歌ってマドゥロ政権の崩壊を祝った。筆者は米国在住中にフロリダで多くのベネズエラ人と交流したが、彼らの多くは母国の腐敗に深い失望を抱いていた。かつて1970年代のベネズエラは、ラテンアメリカでも最も豊かな国の一つであった。しかし、社会主義政策と国有化、西側企業の接収、そして腐敗の蔓延によって経済は崩壊し、ハイパーインフレと貧困が社会を覆った。今回のマドゥロ拘束は、そうした人々にとって象徴的な解放の瞬間だったといえる。

最後に、この米軍特別軍事作戦を総括する。CIA(中央情報局)は早期の段階からマドゥロの生活環境を徹底的に把握し、デルタフォースは数多くの事前訓練を重ねていた。マドゥロが米側の提案を拒否したのち、1月2日夜に天候条件が整うと、トランプ大統領は午後10時46分に命令を発出。150機の航空機が同時に出撃し、午前1時に空爆を開始。デルタフォースは第160特殊作戦航空連隊のチヌークで出動し、コブラ攻撃ヘリの支援を受けて迅速に現地へ突入、マドゥロを捕縛した。午前3時26分、全隊員が強襲揚陸艦へ安全に帰還。損傷機は1機のみで、人的被害はゼロであった。

この作戦は、現代特殊作戦の古典的事例として後世に記録されるであろう。その難易度は、ビン・ラディン捕捉作戦「ネプチューン・スピア」をも上回り、1989年のパナマ侵攻作戦よりもはるかに迅速かつ精緻であった。第二次世界大戦以降、米軍特殊作戦能力の頂点を示す一幕として位置づけられる。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
周子定