10年前、「ステーブルコイン(Stablecoin)」は単なるブロックチェーンの技術概念に過ぎなかった。今日、この概念は米国によって再定義されつつある。トランプ政権の推進の下、ステーブルコインは暗号資産(仮想通貨)自体を超える影響力を持つ新たな地政学的金融ツールとなりつつあり、その発展は中国共産党を深く不安にさせている。
一般に、ビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨は価格変動が激しく、決済手段には適さない。近年、事業者は価格変動を抑えることを望み、新たな仮想資産「ステーブルコイン」を市場に投入した。
ステーブルコインは、安定した価値の維持を目標に設計された新しい形態の仮想通貨であり、暗号資産市場において、より信頼できる貯蓄と取引の手段を提供している。
ドルのデジタル化改革
第二次世界大戦以来、米国は長期にわたり「グローバルな安全資産提供者」の役割を担い、国債発行とドル輸出を通じて国際金融秩序を維持してきた。
しかし、このモデルは米国にいくつかの影響をもたらした。外国中央銀行による大量の米国債購入はドル為替レートを押し上げ、国際貿易において米国の製造業の競争力を失わせた。
ブルームバーグの報道によると、現職のFRB理事であり、前トランプ政権で経済戦略上級顧問を務めたスティーブン・ミラン(Stephen Miran)氏は昨年発表した論文で、「貿易の観点から見ると、ドルはグローバルな基軸通貨資産であるため、長期的に過大評価されている。この過大評価が米国の製造業を圧迫し、金融化部門に利益をもたらしている」と指摘した。
このような分析は、トランプ陣営がドルデジタル化改革を推進する上での理論的根拠ともなっている。
『Genius Act』:デジタル・ドルの制度化
米国が近頃可決した『Genius Act』(天才法案)は、ドル建てステーブルコインの明確な規制制度を確立した。規定によれば、発行体は銀行預金、国庫短期証券、または国債を担保とするレポ契約(Repurchase Agreement)によって裏付けをしなければならない。
ステーブルコインは利息の支払いが禁じられており、これは貯蓄としての魅力を持たず、純粋な決済ツールとして意図的に設計されていることを意味する。ステーブルコインがドルと1対1で交換可能である限り、安定した決済ツールとして世界中に拡散できるのだ。
高インフレ、資本規制、または政治的混乱を抱える国々にとって、ステーブルコインは国境を越えた送金と資産価値を保全するための新しい手段となっている。
世界の平均送金手数料は現在約6.5%だが、ステーブルコインの普及によりコストは大幅に削減されると期待され、ドルは中央銀行や銀行システムを経由するだけでなく、世界中の個人や企業の日常的な経済活動に直接入り込むことが可能となる。
北京の懸念:デジタル通貨の「ドル化」
北京にとって、これはデジタル通貨のドル化の波を意味する。中国側が人民元の国際化とクロスボーダー決済を積極的に推進している最中に、米国のステーブルコインはブロックチェーン技術を経由して、従来の銀行を迂回し、中国周辺や新興市場に拡散する可能性がある。
「一帯一路」の重要な国であるパキスタンを例にとると、2021年以降、現地通貨のルピーはドルに対して約半分に価値が下落した。
国際通貨基金(IMF)からの24回目の救済措置を受けた後、ルピーの価値は一時的に安定したが、大幅な価値下落と高止まりするインフレにより、国民の経済に対する信頼は依然として薄弱である。
今日、パキスタンはトランプ政権のグローバル暗号資産イニシアティブに取り込まれている。現地の人々にとって、価値が不安定な銀行に預金するよりも、「デジタル・ドル」を保有することが、貯蓄と送金の新たな選択肢となっている。
スタンダードチャータード銀行は、今後数年間でステーブルコインが、(経済や通貨が不安定な) 新興市場国(途上国)の銀行から、最大1兆ドルの預金を吸い上げる可能性があると推定している。
この傾向は、北京当局を深く不安にさせている。北京が人民元の国際化を推進しようと努力している最中に、米国のステーブルコインが新たなドル化の波を引き起こす可能性があるのだ。
中国共産党が推進するデジタル人民元(e-CNY)は、国内での利用範囲が限られており、市場の勢いに欠けている。中国当局が暗号資産取引を禁止しているため、北京は民間機関に「オフショア人民元建てステーブルコイン」の試行を検討させ、人民元の国際化を推し進めようとするかもしれない。
マレーシア銀行のマクロ調査部門ディレクターであるエリカ・テイ(Erica Tay)氏は、人民元を裏付けとするステーブルコインが世界で成功を収めるには課題に直面するだろうと述べている。なぜなら、世界の決済における人民元の割合は依然として約4%であり、ドルに大きく遅れをとっているからだ。国際決済銀行のデータによると、現在、ステーブルコインの99%以上がドル建てである。
ドルのデジタルな復興:ネットワーク効果による支配
これは従来のドルシステムを弱体化させるように見えるかもしれないが、専門家は、むしろこれはデジタル形式でのドル覇権の再生であると見ている。
フランス銀行の元副総裁であるジャン=ピエール・ランドー(Jean-Pierre Landau)氏は、米国のステーブルコインの力は「準備通貨としての地位(reserve status)」ではなく、「ネットワーク効果(network effect)」に由来すると指摘した。
言い換えれば、ステーブルコインを使用する誰もが、ドルシステム自体を強化しているのである。利用者が増えるにつれて、発行体はトークンを裏付けるためにより多くのドルや米国債を購入する必要が生じ、新たな資金調達の循環が形成される。
これにより、米国は対外債務の負担を拡大することなく、引き続き世界の資金を吸収し、民間のデジタル金融ネットワークを通じて世界経済の主導権を握ることができる。
JPモルガンの最新の調査報告書も、ステーブルコインの将来的な需要予測には明確な意見の相違があるものの、ステーブルコインの世界的な普及は今後数年間で数兆ドルの資金流入をドルにもたらす可能性があり、ドルの地位を弱体化させるのではなく、むしろ強化する可能性があると指摘した。
米国財務長官のスコット・ベッセント氏も、ステーブルコインが世界の通貨システムにおけるドルの主導的地位を強化するのに役立つと明確に述べている。彼は、投資家が米国規制下の民間部門をより信頼できると考えるため、世界のユーザーは欧州や中国共産党の中央銀行デジタル通貨よりも、米国に裏付けられたステーブルコインを選択する傾向があると見ている。
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