現代貨幣理論(MMT)は、政府が自国通貨を発行できる限り、財政赤字は問題にならず、政府支出を通じて経済を最適化できるとする経済理論。伝統的な財政均衡の考え方とは異なり、インフレ抑制が唯一の制約とされる。 現代貨幣理論によると、貨幣は国家によって定義され、政府の発行する通貨が経済の中で価値を持つととされている。
MMTでは貨幣はトークン(代用券)として扱われ、貨幣そのものが本来の価値を持つものではなく、その背後にある政府や中央銀行の信頼や権威によって価値を得るという考え方に基づいている。たとえば、ある個人が劇場のクロークにコートを預けると、金属製のディスクや紙の領収書を受け取ることがある。この領収書やディスクは、その個人がコートを返却してもらう権利があることを証明するものである。
MMTによれば、この代用券を製造するために使われる素材は重要ではない。金、銀、その他の金属、さらには紙であっても構わない。したがって、MMTにおける貨幣の定義は、国家がそれを何にするかによって決まる。
MMTは、貨幣の価値とは、国家が国民に、国家が決めた貨幣として機能するトークン(貨幣トークン)で税金を納めるように強制した結果であると考えている。税金は、国家が発行した貨幣トークンで支払わなければならない。国家はまた、民間部門が生産した特定の商品に対していくら支払うかを宣言することで、貨幣の価値をコントロールする権限を持っている。
MMTの枠組みでは、貨幣の一種であるトークン(トークン貨幣)は経済の資源に対する「引換証」と見なされる。個人が保有するトークン貨幣は、その人が経済の一部の資源に対して請求権を持つことを意味する。個人は、政府から発行される領収書と引き換えに商品やサービスを購入している。商品やサービスを生み出した個人は、政府から発行されるトークンによってその価値を認められる。
しかし、主権国家は、個人同士の取引でトークンを使用することを事実上要求できるのだろうか?
なぜ誰もが、政府が税金の支払いにこれらのトークンを受け入れるという理由だけで、誰もが法定トークンを支払い手段として受け入れるのだろうか。
これらの疑問に答えるためには、貨幣の定義を明確にする必要がある。
貨幣の定義
貨幣の定義を確立するためには、貨幣を使用する経済がどのように進化したのかを明らかにする必要があり、貨幣は、物々交換では複雑で現代的な市場経済を支えることができなかった結果として登場した。貨幣の特徴は、それが一般的な交換手段として機能することである。
貨幣は、最も市場性の高い商品から進化したものであり、この点について、貨幣は政府によって作られるのではなく、市場の中で自然発生的に生まれると主張した、オーストリア学派の経済学者マレー・ロスバード氏は次のように説明している。
「…自然界には多種多様な技術や資源があるように、商品の市場性にも多様性がある。ある商品は、他の商品よりも広く需要され、ある商品は価値を失うことなく小さな単位に分割でき、ある商品は、長期間にわたって耐久性があり、ある商品は、遠距離を運搬できる。これらすべての利点が市場性を高めると言う。 どの社会においても、最も市場性の高い商品が、徐々に交換の手段として選ばれていくことは明らかであるが、それらが交換の手段として選ばれることが増えるにつれて、その使用によって需要が高まり、ますます市場性が高まることになる。結果として、『強化の螺旋』が生じる。市場性が高まることで交換手段として広く使われ、それがさらに市場性を高める、ということである。最終的に、1つまたは2つの商品が一般的な交換手段として使用され、これが貨幣と呼ばれるようになる」
貨幣は、他のすべての商品やサービスと交換されるものである。この貨幣の基本的な特性は、他の財と対比して考えなければならない。例えば、食べ物の特徴は、人間に必要な栄養を供給し、人々がその味を好むことにある。資本財の特徴は、インフラの拡大を可能にし、それによってより多くの商品やサービスを生産することを可能にすることである。MMTとは異なり、貨幣の本質は政府への税金の支払いとは関係がない。
貨幣は一般的な交換手段として機能する。人々は貨幣を使って、他の財やサービスと交換する。貨幣は一つの財を別の財と交換するための支払いを容易にする。また、MMTとは異なり、貨幣は資源に対する請求権ではなく、一般的な交換手段である。
オーストリア学派(限界効用学派)の祖カール・メンガーは、貨幣の起源が政府の宣言であるという見解の健全性について疑問を呈した。メンガーによれば、「法律や慣習によって、広く使われる交換手段(貨幣)を確立することは非常に重要で、どの社会でも大きな意味を持つ出来事です。だからこそ、そのような出来事は人々の記憶に残るべきだと思われます。しかし、歴史的な記録を見ても、既に使われている交換手段(例えば貨幣)をはっきりと示す取引や、比較的新しい文化で交換手段を採用する様子を示す記録は見つかりません。また、経済文明の初期における貨幣の使用がどのように始まったかを示す証拠も存在しないのです。」
オーストリア学派を代表する人物の一人ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスも貨幣の受け入れについて同様の説明をしており、彼の著作では、貨幣の価値がどのように確立されるかが示されている。ミーゼスは、今日の貨幣の需要が「昨日の貨幣の購買力」によって決まると指摘している。つまり、現在の貨幣の価値(購買力)は、昨日までの貨幣の使用状況によって影響を受けるという考え方である。
また、昨日の貨幣の需要は、「前日の貨幣の購買力」によって決まるとも述べている。これを繰り返すと、時間を遡ることで、最終的に貨幣が普通の商品として、需要と供給の関係で価格が決まる時点にたどり着く。つまり、貨幣も最初は他の商品と同じように、物々交換によってその交換価値が決まったのである。
ある商品が貨幣として使われ始めたその日から、その商品はすでに他の商品との間で決まっている価値、つまり価格を持つことになる。この価値が、その商品を貨幣として使いたいという需要を生む。商品が貨幣として使われるようになると、その価値はその日から決まるのである。貨幣の価格が決まると、それは翌日の貨幣の価格を決める基準になる。つまり、昨日の貨幣の価格がわからなければ、今日の貨幣の価値を決めることはできない。
他の財やサービスの場合、現在の価格を決めるために過去の情報は必要ない。それらの商品に対する需要は、それを消費することで得られる利益を人々が認識することで生まれる。一方、貨幣が提供する利益は、それを使って他の財やサービスと交換できることにある。したがって、今日の貨幣の需要を決めるためには、過去の貨幣がどれだけの価値を持っていたかを知ることが必要だ。
ミーゼスの枠組み(回帰定理としても知られる)は、ミーゼスが提唱した貨幣の起源に関する理論である。この定理を適用すると、貨幣は政府の命令や政府の支持、または社会的慣習によって登場したのではないことがわかる。むしろ、貨幣は商品として登場したに違いないことを示している。
前出のロスバード氏によれば、「貨幣は抽象的な単位の会計帳簿であり、具体的な物から切り離すことができるものではない。貨幣は交換のためだけに使える無用なトークンではない。貨幣は『社会に対する請求権』ではない。貨幣は固定された物価水準の保証でもない。貨幣は単に商品である」となる。
MMTと富の創出
MMTの世界では、貨幣は政府によって生成され、政府は必要に応じてインフレを引き起こすことができる。そのため、政府は無制限に富を制御できるということになる。政府が何を貨幣と見なすか、そしてその価値をいくらにするかを決定することは、政府が貨幣と商品やサービスの交換レートを指示することを意味する。つまり、物価は政府によって設定され、市場の力を回避することになる。
経済理論によれば、このような行動は資源の非効率的な使用を招き、その結果、経済の不安定化や貧困を引き起こす可能性がある。
MMTでは、政府の政策の役割は「遊休資源」や失業が発生する状況を防ぐことだと考えている。MMTによると、ここでの重要な点は、財やサービスの総需要を増やすことによって、経済成長を促進し、失業をなくし、資源を最大限に活用することだ。この目的は、十分な貨幣を印刷し、大規模な財政赤字を運営することによって達成できるとされる。
MMTの世界では、失業や未活用資源がある限り、貨幣を印刷することは問題ではないと言う。
結論
MMTにおいて、貨幣は、政府が決めたものである。MMTは、人々が政府のトークン貨幣で、税金を支払わなければならないため、政府が貨幣の価値を決定するという立場を取る。これにより、貨幣は民間部門においても交換手段となる。 自由に確立された貨幣がなければ、貨幣と商品やサービスの間の自由な交換レートを形成することは不可能である。その結果、希少な資源を、効率的に配分することが不可能になる。これが経済的苦境の基盤となる。
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