2024年のアメリカ大統領選挙は、かつてないほど中絶問題に注目が集まっている。中絶の合法性、倫理、宗教、そして社会的な影響が交錯する中、有権者の関心はピークに達している。最高裁判所の「ロー対ウェイド」(人工妊娠中絶を規制するアメリカ国内法を違憲無効とした)判決の覆しによって、各州での中絶規制が大きく変わり、国中で激しい議論が繰り広げられている。この問題は単なる政策論争に留まらず、個人の人生や価値観に深く関わるものとして、多くのアメリカ人にとって決して無視できないテーマとなっている。候補者たちは、こうした有権者の熱い視線を浴びながら、自らの立場を鮮明にし、選挙戦を展開している。果たして、2024年の大統領選挙はどのような結果を迎えるのか? 中絶問題は、その答えを握る鍵となる。
個人の体験:中絶による心の傷
ミシェルとジェリー・シェルフ夫妻の話は、中絶問題における個人の経験の一例である。40年前、ミシェルさんが初めて妊娠した時、彼らは中絶を選択した。この決断はミシェルさんに長期的なトラウマと罪悪感をもたらし、彼女の生活と信仰に大きな変化をもたらした。現在、彼女は反中絶の積極的な擁護者となり、ビジュアルアートや公共演説を通じて中絶の苦痛と結果を伝えている。
ミシェルさんは世俗的なユダヤ家庭で育ち、夫は牧師の家庭で育ったが、当時は中絶に反対していなかった。ミシェルさんは「私は幼い頃から女性には選択の権利があると教えられてきたため、妊娠を継続するかどうかを選べることは良いことだと考えていた。私たちはその複雑さを理解せず、十分に考えなかったので中絶した」と述べている。
現在、メシアニック・ジュウ(イエスを救世主として信じるユダヤ教)であるミシェルさんは、この決断が彼女の世界を破壊したと感じている。彼女は投票行動から生活の使命まで、現在は他者に中絶の苦痛を伝えることに専念している。「私はフェミニズムのイデオロギーに怒りを感じている。明らかに私は虚偽の観念を教え込まれ、命を奪う行為がもたらす多くの副次的な苦痛、つまり恥と罪悪感に気づいた」と述べている。
事業と活動
シェルフ夫妻の中絶経験は、彼らが非営利組織「Prepare a Room Ministries」を設立する動機となった。この組織は中絶後の人々の感情に対処するものである。「私たちはこの組織を通じて公共政策に影響を与えるのではなく、文化に影響を与える」とジェリー氏は述べている。
ミシェル氏は毎日、中絶によって失われた命を代表する赤ちゃんや子供の顔を描いた絵を制作し、「発見者」と呼ばれるこれらの肖像画をソーシャルメディアで共有し、キルト(キルテイング)としてまとめている。
ミシェル氏は「どの政治候補者も連邦レベルで中絶に反対する勇気を持っていないため、私たちは、人々の心が変わることを祈り、中絶の恐ろしさに気づくことを願っている。私の絵は政治ができない方法で顔のない命に顔を与えている。中絶した私の子供は、私が許しを得る手助けをし、他者を助ける上で重要な役割を果たしている」と述べている。
候補者の中絶に対する立場
ジョー・バイデン大統領は、中絶を2024年の再選キャンペーンの中心課題に据えている。
全米生殖自由基金会の会長兼最高経営責任者(CEO)であるミニ・ティマラージュ氏は「ジョー・バイデン大統領はアメリカ史上最も『生殖の自由』を支持する政府を率いている。副大統領のカマラ・ハリス氏と共に、彼は初日から私たちの権利を守ってきた。道のりは長く、権利回復の闘いは厳しいが、バイデン大統領は私たちの側に立っている」と述べている。
反中絶団体「Americans United for Life」の主席法務官兼最高法律顧問であるスティーブン・エイデン氏は、バイデン大統領が「存在しない中絶権を密かに創設しようとしている」と主張している。「連邦法には中絶権は存在しない。バイデン政府は新たな権利を創出し、中絶権が存在するかのように誤認させようとしている」と述べている。
前大統領のドナルド・トランプ氏は中絶法を州ごとに決定すべきだと主張している。「Susan B. Anthony Pro-Life America」のディレクターであるマージョリー・ダナンフェルザー氏は、トランプ大統領の立場に失望しており、これは民主党の立法者が、一部の州で中絶を増やす措置を取ることを許すことになると述べている。
独立候補のロバート・F・ケネディ・ジュニア氏は、一部の選挙民の反対の声を受けて中絶法に対する立場を変更した。彼は5月のポッドキャストで「私は個人的に中絶が好きではないが、州政府が中絶の決定に介入すべきではない。中絶は女性の決定であるべきだ」と述べたが、批判を受けて彼の公式立場を修正し、胎児が子宮内にいる場合の制限を支持すると述べた。
ランダル・テリー(Randall Terry)氏は憲法党(憲法、権利章典、独立宣言、聖書の理念を重視するアメリカ保守政党)の反中絶大統領候補であり、彼の副大統領候補はスティーブン・ブローデン(Stephen Broden)氏である。彼らは憲法党代表の54%の支持を得て、8人の候補者の中から選ばれた。ブローデン氏は「私たちの大統領選挙運動の目的は、中絶による子供の殺害をアメリカ有権者の最重要問題にすることだ」と述べている。
憲法党は、米国で最も保守的な3党のひとつとみなされている。 ブローデン氏は全米黒人中絶反対連合(National Black Pro-life Coalition)の創設者であり、テキサス州ダラスにあるダウンタウンの超教派教会、「Fair Park Bible Fellowship」の主任牧師でもある。
州レベルの憲法修正案
活動家や立法者は、州レベルで中絶に関する憲法修正案を推進し続けている。これらの修正案は深い影響を及ぼす。アリゾナ州、アーカンソー州、コロラド州、フロリダ州、アイオワ州、メリーランド州、ミズーリ州、モンタナ州、ネブラスカ州、ネバダ州、ペンシルベニア州、サウスダコタ州は、2024年に中絶に関する憲法修正案を提案する可能性がある。
最高裁判所が2022年にロー対ウェイド判決(米国の多くの州で違法とされていた人工妊娠中絶について、初めて憲法上の権利として認めた判決)を覆して以来、6つの州で中絶に関する憲法修正案の投票が行われた。カリフォルニア州、ミシガン州、オハイオ州、バーモント州の有権者は、中絶権を州憲法に明記する修正案を承認した。ケンタッキー州とカンザス州では、有権者は中絶権を州憲法に明記する修正案を否決した。
エイデン氏は「共和党は中絶問題に距離を置いており、各州に任せるべきだと主張している。私たちはロー対ウェイド判決の覆しに備えていたが、反中絶の反発に対する準備はできていなかった」と述べている。
「Guttmacher Institute」によると、2020年にはアメリカで合計93万160件の中絶が行われた。同年、疾病予防控制中心(CDC)は、連邦機関に自発的に報告されたデータに基づき、46の州とコロンビア特別区で合計59万2939件の中絶が行われたと報告している。カリフォルニア州、メリーランド州、ニューハンプシャー州、ニュージャージー州は、2020年の中絶件数をCDCに報告していない。
「Guttmacher Institute」の報告によれば、41の州で何らかの形で中絶が制限されており、そのうち14の州ではほぼ全面的に中絶が禁止されている。しかし、これらの制限がある州でも、例外が存在することがある。例えば、母親の命を救うための中絶は許可されている。また、強姦や近親相姦による妊娠の場合にも例外が設けられている州もある。
公共の意見
ピュー研究所が2022年7月に発表した世論調査によると、アメリカの成人の62%がすべてまたはほとんどの状況で中絶を合法とすべきだと考えており、37%がすべてまたはほとんどの状況で違法とすべきだと考えている。
「Knights of Columbus-Marist Poll」と「Marist Poll」が1月に実施した調査では、回答者の66%が中絶の制限を支持し、約60%が妊娠初期の3か月以内に中絶を制限することを支持していることが分かった。
また、ナイト・オブ・コロンバスとマリストポールの調査では、83%のアメリカ人が妊娠リソースセンターを支持しており、これらのセンターは妊娠中および出産後に女性を支援するが、中絶サービスは提供せず、紹介もしない。
マリストポールのディレクターであるバーバラ・カルヴァリョ氏は「多数のアメリカ人が中絶に対して著しい制限を設けるべきだと強く信じており、法律にはレイプ、近親相姦、母親の命を守るための例外を含むべきだと考えている。最高裁判所の判決から2年後も続いているこの明確な傾向は、「Knights of Columbus-Marist Poll」と「Marist Poll」の年次調査でも確認されている」と述べている。
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