アングル:宇宙食はおいしく「自給自足」へ、地球の食糧対策にも

2023/06/05
更新: 2023/06/05

[29日 ロイター] – 2015年制作のSF映画「オデッセイ」でマット・デイモンが演じたのは、火星に置き去りにされながら、人糞を肥料にして栽培したジャガイモを食べて生き延びる宇宙飛行士だった。

今、宇宙食のメニューはこれまでと非常に異なる方向へと進みつつある。その担い手は、「カーボン・ネガティブ」、つまり排出する以上の二酸化炭素を除去することになる航空燃料を製造するニューヨークの非公開企業「エアカンパニー」だ。

米航空宇宙局(NASA)主催による、宇宙飛行士の食料ニーズを満たすための次世代技術のコンテスト「ディープ・スペース・フード・チャレンジ」で、同社は決勝ラウンドに勝ち残った。

エアカンパニーはフライト中に宇宙飛行士が排出した二酸化炭素を再利用して、プロテインシェークの材料となる酵母ベースの栄養素を培養する方法を開発した。大気圏外での長期ミッションに従事する乗組員の栄養源となることを目指している。

「『タン』よりも確実に栄養がある」と、同社の共同創業者であるスタフォード・シーハン最高技術責任者(CTO)は言う。「タン」とは、1962年に米国初の有人宇宙飛行「マーキュリー計画」に参加した故ジョン・グレン氏が、米国人として初めて地球周回に成功した際に摂取し話題になった粉末飲料だ。

イェール大学の物理化学の博士号を持つシーハン氏は当初、炭素変換技術をジェット燃料や香水、ウォッカに用いられる高純度アルコールを製造する手段として開発してきた。

だがNASAのコンテストを知り、自分の発明を改良すれば、同じシステムで食用のタンパク質、糖質、脂肪を生産できるのではないかと思いついた。

<まるで代替肉のような味>

シーハン氏によれば、NASAのコンテストに出品された単細胞プロテイン飲料は、ホエイプロテインシェークと同じような濃度だ。その風味は「セイタン(グルテンミート)」に似ているという。セイタンは東アジアの料理に起源を持ち、小麦のグルテンから作られた豆腐のような食品。ベジタリアンが肉の代用品として利用している。

シーハン氏はあるインタビューの中で「麦芽の風味のような甘い味わいもある」と語っている。

同じ方法で、プロテイン飲料だけでなく、もっと糖質の豊富なパンやパスタ、トルティーヤの代用品も製造可能だ。シーハン氏は、料理のバリエーションを増やすために、宇宙でのミッションではスムージーだけでなく、持続可能な形で生産された他の食品を追加することを考えている。

エアカンパニーが特許を保有する「エアメード」テクノロジーは、NASAが今月発表した宇宙食コンテストで他の7つの候補とともに2次予選に勝ち残り、75万ドル(約1億円)の賞金を獲得した。決勝ラウンドは近日中に実施される。

ほかの決勝進出組には、フロリダ州の研究機関が開発した、新鮮な野菜やキノコ、さらには微量栄養素となる昆虫の幼虫も育成する生物再生システム、カリフォルニア州で開発された、植物・菌類ベースの食品材料を生成する人工光合成プロセス、単細胞タンパク質生産のためのフィンランド発のガス発酵技術などがある。

賞金として最大150万ドルが、優勝者らで分配される。

ミシュランの高級レストランガイドに掲載される可能性があるものはほとんどない。とはいえ、こうした技術は、宇宙旅行の黎明期に飛行士らが摂取していた「タン」やフリーズドライのスナックから見れば大きな進歩だ。

新しい食料生産方式は、「オデッセイ」でデイモン演じる飛行士が食べていた架空のジャガイモよりも食欲を刺激するし、栄養価もはるかに高くなることが期待される。

NASAのケネディ宇宙センターで宇宙作物生産マネージャーを務めるラルフ・フリッチェ氏は「あれはハリウッド映画向けに、アイデアを極端にしたものだ」として、人間の排泄物だけでは「植物が生育し、生い茂るのに必要な完全な栄養源とはならない」と付け加えた。

宇宙飛行士は低周回軌道における宇宙船という、制約の多い無重力状態の空間に長期にわたり閉じ込められる。この間、飛行士らの栄養状態を良好に維持することはNASAにとっての長年の課題だった。この20年間、国際宇宙ステーション(ISS)の乗組員はほぼパッケージ食品で生活し、少しばかりの生鮮食品が定期的な補給ミッションで届けられるだけだった。

NASAによると、ISSのチーム衛星軌道上でレタス、キャベツ、ケール、トウガラシなど、さまざまな野菜を栽培する実験をしてきたという。

だが、NASAが有人月面着陸の再開や、ゆくゆくは火星やその先の天体への有人探査を視野に入れるようになる中で、最小限の資源だけに頼る自己完結型で廃棄物の少ない食料生産という課題が、ますます顕著になってきた。

NASAのフリッチェ氏は、気候変動によって食糧が不足し生産が一段と困難になる時代において、宇宙を拠点とする食料生産が進歩すれば、増加し続ける地球の人口を養うことにも直結すると語る。

「私たちが月面に最初に展開する環境制御型農業(CEA)モジュールは、地上で行われる垂直農法といくらか似たものになるだろう」とフリッチェ氏は語る。

シーハン氏のシステムは、まず宇宙飛行士の呼気から抽出した炭酸ガスと、電気分解により水から取り出した水素ガスとを混合する。これによって生成されるアルコールと水の混合物を少量の酵母に与え、単細胞タンパク質などの再生可能な栄養素を培養する。

シーハン氏によれば、要するに二酸化炭素と水素が酵母のためのアルコール原料を作り、「酵母が人間のための食料となる」という。

「私たちは製品を再構築しているわけではない」とシーハン氏は語る。「単に、これまでより持続可能な方法で作るというだけの話だ」

(Steve Gorman記者 翻訳:エァクレーレン)

Reuters