新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染者数が増えており、流行第二波が立ち上がりつつある。第一波が収まった頃は、そもそも自粛の必要は無かったと言って、緊急事態宣言を批判していた人も少なくなかった。皮肉にも、経済活動の再開で感染者数が激増していることは、自粛に意味があったことを雄弁に物語っている。
第一波の抑え込みにおいて、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーをはじめとする医師たちの果たした役割は非常に大きい。特に、クラスター潰しは日本のオリジナリティが強く出ている対策だった。三密(集・近・閉)を避けるというのは、日本では初期から盛んに推奨されていたが、米国では5月になって漸く同じようなことを言い出した。日本の感染症の専門家たちは世界をリードする卓見を有していたと言えるだろう。ところが、日本の言論人たちの中に、彼らを評価する人は少ない。
新型コロナウイルスに関して、日本の文系知識人に的外れな発言が多くなる原因として、筆者は次の2点を挙げたい。まず、問題を議論する上で必要となる基礎的な数学や理科の知識が欠落している。にもかかわらず、そのことについて自覚症状がない。次に、自分の中で先に結論が決まっており、その結論に沿う資料だけを探してきて、それを論拠に主張する癖がある。これは、科学分野で教育を受けた人ならば、絶対してはならないと戒められる知的態度である。
私は、新型コロナウイルスについて、専門家が運営する海外のユーチューブ・チャンネルから情報を取っている。具体的には、看護師のキャンプベル博士(Dr. John Campbell)、Peak Prosperityの病理学者マーティンソン博士(Dr. Chris Martenson) 、MedCramのシュエルト医師(Dr. Roger Seheult)の3名のチャンネルである。これらはいずれも、公式の統計データと学術論文に基づいて解説を行っている。こうした情報源を複数見比べながら、そこで紹介された論文を適宜読むというのが、科学的な態度である。科学論文というものは、流れに沿って複数の論文を読み比べないと、そこで論じられていることを正しく評価できない。論文を恣意的に1本選んで、それに頼って主張をするというのは非常に危険である。
そこで、今回はこの3つのサイトで発信されている情報をベースに、日本で流行している学説の信頼性、および重要な科学的知見と思われるのに日本ではほとんど報道されていない事実をお伝えしたいと思う。
日本では、アジア人種は新型コロナに強い、あるいはBCG予防接種が新型コロナ重症化を防いでいるという説に多く支持が集まっており、自粛を止めて経済を再開すべきと主張する人々の論拠としてしばしば使われる。しかし、前者については欧米で人種別の感染率や重症化率を比較したデータが多数あり、アジア人も他の人種と大きな差はないことが報告されている。BCG接種の話も、あくまで統計的な相関であって、その科学的メカニズムを説明するものは何もない。よって、疑似相関の可能性もあり、そこに因果関係があると信じるのは危険である。
国際医療福祉大の高橋泰教授が東洋経済で提示した、日本で重症化率・死亡率が低いのは自然免疫が理由だという説も、経済を再開したい人にとっては信じたい仮説なので支持が多く集まったが、科学的根拠は乏しい。もし、日本人が西洋人に比べて強い自然免疫を持つなら、日本人は細菌やウイルス全般に対して西洋人より強いことになるが、それを根拠づけるデータは何もない。
新型コロナウイルスに対する免疫に関しては、こうした仮説レベルの話ではなく、データに基づく研究成果が多数論文化されているのに、それが日本ではほとんど報じられていない。重要な調査結果の一つとして、新型コロナウイルスの抗体保有者を数週間後再度検査すると、かなりの割合で抗体を失っていることが報告されている。新型コロナウイルスに二度感染した症例も複数見出されており、二度目の感染の症状は軽くなっていない。このことは、集団免疫の達成や長期間効果が持続するワクチンの製造が難しいことを示唆する。
一方、免疫については朗報もある。ごく最近のNatureの論文で、新型コロナウイルスのNon-Structural Protein(NSP)に対するT細胞を有する人がおり、それが2003年のSARSの患者だけでなく、SARSに感染していない人にも見出されたとの報告がある。今回の新型コロナウイルスのNSP7とNSP13という2つのタンパク質は、SARSウイルスおよび動物のベータコロナウイルスのそれと非常に類似しているので、それらに対するT細胞を持つ人は、新型コロナウイルスにかかりにくい可能性が示唆される。アジア各国で感染者や重症患者が少ないのは、このT細胞の保有者が多いからという仮説も成り立ちうるので、それを裏付ける調査を行う価値はあると思うのだが、なぜか日本ではあまり話題になっていない。
新型コロナウイルスに関しては、リスクが高いのは高齢者だけだから心配する必要はないとの意見もしばしば聞かれる。しかしながら、このウイルスの恐ろしいところは、無症状者にもダメージがあることである。発症者には治癒後も脳、肺、心臓、腎臓などに後遺症が残ることが分かっているが、無症状患者でも肺などにダメージが残ることが確認されている。甘く見るのは危険である。
日本では、治療薬はアビガン、予防はマスク着用や手洗いなどに情報が集中しているが、上述の動画チャンネルで提供されている情報はもっと多様である。たとえば、ヒドロキシクロロキンやイベルメクチンの早期投与が重症化を有意に減らすとの論文がいくつか出ている。直近では、インターフェロンベータの吸引がフェーズ2の100人規模の臨床試験で、プラシーボ群より重症化する人を79%減らしたとの報告がある。今後フェーズ3に移行し、より大規模な調査が行われるが、効果の科学的メカニズムも説明できる治療法なので期待が持てる。予防については、ビタミンDや亜鉛の摂取が重症化を有意に減らすとの報告が複数ある。これは英語圏ではしばしば報じられているが、なぜかこの情報を日本のメディアで目にすることはほとんどない。
最後に新型コロナウイルスの起源について触れたい。新型コロナウイルスがどのように発生したかは諸説ある。武漢ウイルス研究所から漏洩したものなのか、人工的に作られたウイルスなのかといった点が注目されている。前者については米国の政府関係者もその事実を示唆しているが、後者については陰謀論扱いされることが多い。しかし、ウイルスの遺伝子配列を見る限り、人工的に作られたウイルスである可能性が高いという主張をDr. Martensonが紹介している。具体的には、新型コロナウイルスのReceptor Binding Domain(受容体に結合する部位)が、他の動物よりも人間のACE2受容体に最も強固に結合すること、ウイルスの細胞内への侵入をしやすくするフーリン・グリーベッジ(Furin Cleavage)という部位が配列の類似するウイルスにはないのに、このウイルスには挿入されていることの2点が疑わしい。(詳細については、Dr. Martensonの説明に基づいて私が制作した動画解説があるので参照されたい。)
実は、ウイルスの遺伝子を組み替えて、人間に感染しやすくする研究は過去に多数行われている。2015年には、コウモリ女の異名を持つ武漢ウイルス研究所の石正麗氏を含む研究グループが、コウモリのウイルスのReceptor Binding Domainに人工的に手を入れて、人間の細胞に感染しやすくする研究成果をNature Medicineに報告している。一方、SARSウイルスにフーリン・クリーベッジを人工的に入れる研究は、中国だけでなく日米欧の多数の研究グループが行っており、その成果は何度も論文化されている。こうした研究はGain of Function(機能獲得)研究と呼ばれており、これまでもその危険性が指摘されてきた歴史がある。
もちろん、以上のことを以って新型コロナウイルスが人工的に作られたと断定することはできない。しかし、ここで紹介した多数の事実を無視して、新型コロナウイルスが人工ウイルスではないと断定するのは明らかにおかしい。
最近、フランスの研究グループが発表した論文でも、Dr. Martensonの動画で紹介された主張に近い分析がなされている。具体的には、新型コロナウイルスはコウモリのウイルスとセンザンコウのウイルスの断片を組み替えたような構造をしており、もしこれが自然に起きたとすれば、両方のウイルスが感染する宿主となる動物の存在が必要であると書かれている。このことは、たとえ人工的に組み替えられたのではなかったとしても、多数の実験動物を飼育する特殊な環境でそれが起きた可能性が高いことを示唆する。
ここで書いたことの多くは、おそらくほとんどの日本人にとって初耳の情報だったのではないだろうか。本来ならば、こうした情報発信はサイエンス・ジャーナリストの仕事である。上で紹介した3つの動画チャンネルをフォローするだけで、これだけ興味深い情報を多数発掘できるのに、日本のジャーナリストは一体何をしているのだろうか。彼らのレベルの低さにあらためて落胆する今日この頃である。
執筆者:掛谷英紀
筑波大学システム情報系准教授。1993年東京大学理学部生物化学科卒業。1998年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。特定非営利活動法人言論責任保証協会代表理事。著書に『学問とは何か』(大学教育出版)、『学者のウソ』(ソフトバンク新書)、『「先見力」の授業』(かんき出版)、『知ってますか?理系研究の”常識”』(森北出版)など。
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