豪州戦略政策研究所(ASPI)が11月25日に発表した報告書「中国国防大学の追跡者」(The China Defence Universities Tracker)は、中国共産党政権が大学の研究成果を利用して、軍事力の強化を図っていることを詳述した。
報告書は、中国の43大学が軍事・防衛目的の研究に深く関わっており、海外の大学や政府機関が共同研究を行うには安全保障上のリスクが高いと警鐘を鳴らした。「中国共産党が約10年前から進めている、民間企業や大学の研究技術を軍事に転用させる『軍民融合』政策を裏付けた」
報告書の主筆者であるアレックス・ジョスキ(Alex Joske)氏は、中国の約160の国防関連の機関(大学、企業と研究機関など)をデータベース化し、これらの機関が海外の安全保障機関、防衛産業企業との研究協力によってもたらすリスクのレベルを「非常に高い」「高い」「中レベル」「低い」の4段階に分類した。そのうちの92機関が「非常に高い」と判定された。調査した大学のうち、少なくとも15の大学がサイバー攻撃、違法な輸出、スパイ行為に関与しているという。
また、中国の防衛産業コングロマリットが、9つの大学に資金提供し、数千人の学生や従業員を海外研修に派遣しているという。
ほかにも、少なくとも68の大学が、中国政府組織である国家国防科技工業局(SASTIND)のプロジェクトを請け負っている。
ジョスキ氏は、中国の国防大学は人民解放軍と繋がりを持ち、監視技術とデータ分析を行い、兵器技術プロジェクトに参加したり、卒業生が軍や情報部に就職したりしている。
国家戦略である「軍民融合」について、2017年、防衛研究の主要な大学である北京理工大学の共産党書記は、大学職員および学生に向けて「軍民融合の最前線に立つべきだ」と主張している。
中国共産党は2050年までに、中国の上位98の大学を、世界トップレベルの研究機関に送り込む計画を有している。これは、「双一流(世界一流大学和一流学科建設)」と名付けられている。
「国防七大学」
中国の大学の多くは軍事機関として設立されたが、その後、一般大学へと転身し、世界で競争力を高めている。今回の調査によって、過去十年間の中国の軍事力の発展は、60以上の大学とつながりを持っていることが浮き彫りになった。
「Seven Sons of National Defence」(国防の七人の息子)と呼ばれる七つの大学は、軍事・防衛産業に深く根ざした一流大学のグループを指す。これらの大学はすべて、中国の防衛産業を監督する「工業と信息化部」の傘下にある。
七つの大学とは北京航空航天大學(宇宙、航空)、北京理工大學(兵器、宇宙)、ハルビン工程大學(宇宙、航空)、西北工業大學(航空、宇宙、航海、兵器)、ハルビン工業大學(航海、原子力、宇宙、航空、兵器)、南京航空航天大學(宇宙、航空、民航)、南京理工大學(兵器)。
これらの大学は軍と深いつながりを持ち、防衛大学と呼ぶ方が正しいと報告書は指摘する。実際、大学は自らを 「防衛科学・技術・産業作業単位」 または 「防衛システム」 の一部と呼んでいる。
毎年、七大学の卒業生1万人以上が防衛研究部門に就職しており、卒業生の30%弱を占めている。これらの大学の博士号取得者は特に需要が高く、その半数が防衛部門に就職している。航空機、ミサイル、軍艦、軍備、軍用電子機器を専門とする14の国有防衛複合企業は、ファーウェイやZTEなどのハイテク企業と並んで主要な雇用主となっている。
また、七大学は中国で最も資金の豊富な大学でもある。2016年、七つの大学は総額137億9000万元を研究に費やした。2018年には、そのうちの四つの大学は、研究者1人当たりの研究経費が最も高い五つの大学にランクインした。
また、研究費の約半分は防衛研究に使われている。ハルビン工業大学は、2018年の防衛研究に、全研究予算の52%に相当する19億7300万元を費やした。北京航空航天大学は国防研究に研究費の約60%を費やしている。
ハルビン工業大学の国防研究費だけでも、オーストラリア国防省の予算に匹敵する。オーストラリア政府の直近の防衛科学技術予算は4億6900万豪ドル弱だった。
報告書は、スパイ活動や輸出規制違反に関与したり、あるいは米国政府が核兵器計画を進めていると認定した民間大学を少なくとも15校確認した。国防七大学のうちの四大学は、スパイ活動や輸出規制違反に関与している。ハルビン工業大学だけで、ロシアからのミサイル技術流出を含む5件の事件に関連している。
2018年、米国当局は江蘇省国家安全局の職員で、米航空機エンジンメーカーのGEアビエーションからエンジン技術を盗もうとした徐彦軍容疑者を逮捕した。米司法省の起訴状によると、南京航空航天大學の幹部が海外の標的特定などのスパイ活動において、徐容疑者を支援した。
「外国で摘んだ花を、中国で蜜に醸す」
ASPIは、2018年にも、中国軍と外国の大学との協力を懸念する報告書「异国采花,中华酿蜜(外国で摘んだ花を、中国で蜜に醸す)」を発表した。それによると、中国共産党は2007~17年まで、中国軍から2500人以上の科学者を米国、英国、オーストラリア、シンガポールなどの海外の大学へ派遣し、訓練させた。彼らは、海外のスキルおよび技術と知識を得るために派遣された。一部の人は軍人の身分を隠していた。多くは共産党員だと考えられている。また、一部には現地政府の資金援助を得た、つまり現地の国民の税金を使ったプロジェクトにも参加しているという。
報告書によると、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ドイツの順で、中国軍と繋がりを持つ大学との合同研究で発表した論文数が多い。1人当たりの論文数で考える場合、オーストラリアは最も状況が深刻だという。オーストラリアと中国軍はすでに査読付きの論文600本以上を発表し、300人を超える中国軍の研究者が博士、または客員研究者としてオーストラリアで研究活動を展開している。2人のオーストラリアの大学教授は中国国防科技大学で博士指導教官を兼任している。
このような背景から、ジョスキ氏は、海外の大学や政府、企業に対して「国益の保護、研究成果の確保、競合する軍への影響、人権侵害問題の関与の防止、研究の透明性」などの点から、中国の大学との関係を再考するよう提言している。
豪州政府と国家治安情報局は11月、スパイ対策と外国勢力の干渉防止のために、65億円を投じて新機構を設置した。
ドイツのシンクタンク・メルカトル中国問題研究所のフランク・パイク(Frank Pieke)代表は、このASPIの中国の大学に関するデータベースは、現在協力する、あるいは今後関係しようとする外国の大学や研究機関に対して、証拠を提供する重要な報告だと評価している。
(翻訳編集・佐渡道世)
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