Ju-min Park and James Pearson
[ソウル 10日 ロイター] – 北朝鮮の海沿いにある都市、元山(ウォンサン)の夏は、ビーチでバーベキューをしたり、釣りをしたり、ロイヤルゼリー味のアイスクリームを食べたりする家族連れでにぎわう。
金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長にとって、このリゾート地は、避暑地であり、将来の人気観光スポットであるだけでなく、ミサイル発射実験を行う格好の場所でもある。
正恩氏は、人口36万人の元山市を再開発し、巨額のカネを生む人気観光スポットにしたい、と考えているが、その一方で、加速する核開発の一環として、同地域から40発近くのミサイルも発射している。
「外から見れば、経済開発を行おうとする場所からミサイルを発射するなんてクレイジーに聞こえるかもしれない。だが、それこそ金正恩氏の統治のやり方だ」と、韓国慶南大学の北朝鮮経済専門家Lim Eul-chul氏は指摘する。
観光と核兵器という組み合わせは、まさに正恩氏の生き残り戦略を象徴するものだ、と研究者や同市の開発プロジェクトに詳しい関係者は言う。
元山開発プロジェクトは2014年に発表され、急速に拡大した。国連制裁下にある北朝鮮にとって、制裁対象外の観光は、限られた外貨獲得手段の1つである。
元山地区開発総会社が2015年と2016年に朝鮮語、中国語、ロシア語、英語で制作した約30種類のパンフレット、計160ページについて、ロイターが今回、詳細に検証した。
外国人投資家に向けられたこうしたパンフレットでは、400平方キロメートル以上に及ぶ元山特別観光地帯には約15億ドル(約1690億円)規模の投資妙味があるとうたっている。
正恩氏の手で、すでにスキーリゾートと空港が建設されている。
パンフレットの1つによれば、同地帯には、約140カ所の歴史的遺物、10カ所の砂浜、680カ所の観光名所、4つの鉱泉、数カ所の海水浴場と自然湖沼、そして「神経痛と大腸炎に効く330万トン以上もの泥がある療養地」などがあるという。
正恩氏が投資を呼び込もうとしているプロジェクトには、総工費730万ドルのデパートや、同1億9700万ドルの都心開発、そして同1億2300万ドルのゴルフコース建設が含まれている。これらには借地料6250万ドルが含まれる。
正恩氏は今年、元山開発のアイデアを得ようと、当局者16人をスペインに派遣した。一行は、スペイン最大のリゾート施設の1つ「マリーナドール」や、ベニドームにあるテーマパーク「テラミティカ(神話の国)」を視察した。
「彼らはそのような場所を直接見て、撮影もしていた」と、マドリードにある北朝鮮大使館の報道官は語った。
両リゾート施設は、北朝鮮からの訪問団を確認。エジプトやギリシャ、ローマの古代文明などのテーマに感心していたと、テラミティカの広報担当者は話した。
正恩氏の元山開発プロジェクトに、海外から大口の参加を申し出る声はまだ聞こえてこない。2015年に完成した新しい空港だが、国際線はまだ開通していない。米国は最近、自国民による北朝鮮渡航を禁止しており、国際制裁は今や北朝鮮との共同事業を全面的に禁じている。
とはいえ、元山開発プロジェクトは正恩氏にとって戦略的に不可欠だと複数の元北朝鮮外交官は語る。
2011年に最高指導者となった正恩氏が継承したのは、表向きは軍が支配しているものの、実際には人々が主に闇市場の取引でどうにか生活している社会だった。
北朝鮮は、公式には社会主義経済の国だが、実際には北朝鮮国民10人中7人が生きるために個人取引に依存していると、2016年に韓国に亡命した北朝鮮の太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使は述べている。
外からは全権力を握っていると思われている正恩氏だが、北朝鮮の自由市場の商人の存在により、目に見えるよりももっとぜい弱だと、太氏はロイターに語った。
正恩氏は生き残るため、軍と市場の両方を利用する方法を模索している。
核兵器は同氏の答えの1つである。北朝鮮が保有する従来の重火器よりも維持費がかからないことを期待しているからだ。元山開発のようなプロジェクトもまた1つの答えである。軍への資金配分を減らし、民間経済により多くの資金を分配したいと考えている。
「社会を管理し長期政権を保証するのは、経済において役割と影響力が増したときだけだと、金正恩氏は知っている」と太氏は言う。
<フレンドリー>
北朝鮮は近いうちに年間100万人以上を、また、「近い将来には」年間約500万─1000万人の観光客を呼び込みたいと、元山開発への投資を募るパンフレットには記されている。プロジェクトを監督する北朝鮮の国家機関、元山地区開発総会社はコメント要請に応じなかった。
訪朝者に関する最新の統計はない。中国は、2012年に23万7000人超の中国人が北朝鮮を訪れたとしているが、翌年には統計発表をやめてしまった。一方、2016年には800万人の中国人が韓国を訪問している。
韓国のシンクタンク「韓国海事研究所」の試算によると、北朝鮮の観光収入は年間約4400万ドル(約49億円)で、同国の国内総生産(GDP)の0.8%程度。また、北朝鮮への外国人観光客の約8割が中国人で、残りは西側諸国とロシアからの訪問客で占められるという。
「この地帯の当局者と住民は観光業を十分に理解しており、観光客に対してフレンドリーです」と、元山のパンフレットの1つには記してあり、観光客を歓迎している。
パンフレットはまた、全体主義国家の休暇について、いくつか独特な習慣を露呈している。
総工費1億2300万ドルのゴルフコース建設予定地からそう遠くない場所に、ある施設の存在が明記されている。パンフレットには、国家保衛省の保養所とされている。同省は、北朝鮮に6カ所ある強制収容所の管理と一般市民の監視をまかされている。
海辺にあるその保養所の隣には、「39号室」として知られる金一族にぜいたく品を調達する機関の保養所がある。
もう1つの施設は、国営の保険会社「朝鮮民族保険総会社」の保養所だ。欧州連合(EU)は同社が保険詐欺に関与しているとみている。
正恩氏のミサイル・核プログラムに資金を供給しているとして、これら3つの機関は国際制裁下に置かれている。
一方、正恩氏の治安部隊にとって、元山は太陽の下でのお楽しみ以上のことを意味している。
正恩氏は2014年、軍上層部を元山に同行させた。自身の豪華な別荘の白い砂浜で、軍幹部らに水着に着替えさせ、能力試しとして10キロの遠泳をさせている様子が国営テレビで放映された。白いパラソルの下で、机の前に座ってそれを見ている正恩氏の姿も映し出された。
今年4月、正恩氏は元山の新空港に近いビーチで、国営メディアが北朝鮮で史上最大と伝えた砲撃演習を実施。同演習では、「大口径自走砲300門」が3キロ先の小さな島にある白く塗られた標的に向かって一斉に砲撃を開始したという。
国営テレビで放映されたこの砲撃演習は、その島を月面のように殺風景な埃っぽい場所に変えてしまった。
<プラスチックの花>
元山は、金王朝において象徴的な重みを持つ。正恩氏の祖父で、北朝鮮建国の立役者となった金日成(イルソン)主席が、日本による植民地支配が終わった1945年に、国の支配権を奪うため当時のソ連軍とともに上陸を果たした地だからだ。
波止場には金日成氏と金正日(ジョンイル)総書記の親子2代の指導者の像が立ち、観光客は礼をして、プラスチックの造花を買ってささげることになっている。国営メディアによると、金一族の別荘に隣接する松濤園国際少年団キャンプ場は、旧ソ連圏諸国から「若き先駆者」を何十年も受け入れてきた。
正恩氏は、正日氏の後継者に選ばれた2009年時点で目立った功績がなかったと、韓国産業銀行で北朝鮮調査の責任者を務めるKim Young-Hui氏は言う。建国の父の金日成主席に縁の深い元山開発に成功すれば、偉大な建設者としてのイメージを確立することができる。
「彼(正恩氏)には、元山を開発する強力な政治的動機がある」と、Kim氏は言う。Kim氏自身元山の出身で、2002年に脱北した。
元山出身者は、脱北者でさえ、故郷におおむね良い思い出があると語る。元山のカラオケバーやビリヤード場には、北朝鮮の他の町に比べ、電力が安定供給されていたと、彼らは言う。海辺の広場では、若いカップルがローラースケートで遊んでいたことを覚えている人もいる。
元山は正恩氏の心に特別な位置を占めている。そう語るのは、カナダ人コンサルタントで、北朝鮮で経済調査などを行っている白頭文化交流社を運営するマイケル・スペーバー氏だ。同氏は2013年、正恩氏と一緒に元山の海でジェットスキーを楽しみ、正恩氏のプライベートな船で一緒にカクテルを味わっている。
「彼は、人々のために街全体を再開発して改善し、外国人観光客やビジネスマンを呼び込みたいと語っていた」
<ベルトをきつく締めなくても>
正恩氏の出生地は明らかになっていないが、幼少期を元山の別荘で過ごしたこともあり、当地の生まれだと考える地元の人も多い。
別荘での金一族の暮らしぶりを物語るエピソードがある。専属料理人を務めていた藤本健二氏の2010年の回顧録によると、ある日、将来の指導者はこんなことを言ったという。
「フジモト、僕たちは毎日乗馬して、ローラーブレードやバスケットボールで遊び、夏にはジェットスキーやプールで遊ぶ。でも普通の人たちは何をして暮らしているんだろう」と、少年時代の正恩氏は尋ねた。藤本氏は現在平壌で寿司屋を経営しており、連絡がつかなかった。
ソ連と中国を後ろ盾に、金正日体制下の北朝鮮では長年、国民が必要とするものはすべて国が供給していた。
当時の政治モデルは「先軍政治」と呼ばれ、朝鮮人民軍がすべての資源配分において優先され、国の経済問題を解決する無謬(むびゅう)の提供者とされていた。「100万人軍」が、カラシニコフ銃をショベルに持ち替え、道やダム、住宅の建設に取り組むとされた。
ソ連崩壊後の1990年代には、当時人口約2100万人だった北朝鮮全土で、正日氏が後に「苦難の行軍」と呼ぶことになる飢饉(ききん)が起きた。国家はもはや食料や仕事を供給できず、20万人から300万人が死亡したといわれる。
生き延びるために、一般市民も軍事パレードの先を読み、私設市場で残飯を得るために必死になって、役人に賄賂を贈って違法行為を見逃してもらわざるを得なかった。軍人も含めたほとんどの国民にとって、それは飢えるか闇取引をするかの選択だった。
正恩氏は権力についたとき、「これ以上、ベルトをきつく締めなくても国民が生活していけるようにする」時が来た、と語っていた。
同氏は2013年に政策を変更し、「並進路線」を提唱して祖父の時代への回帰路線を明確にした。それは、核抑止と経済を同時並行で前進させることを意味した。
<元山で稼ぐ>
入手できる最新のデータによると、軍事費のGDPに占める割合は北朝鮮が世界最高で、2004─2014年の平均では23%に達すると米国務省は分析している。
元山のパンフレットは、14─43%の内部収益率をうたい、健全な収益性を約束している。例えば、総建設費730万ドルのでデパート建設計画では、外国人投資家の出資比率は最大61.3%まで認められている。リターンとして、投資家は年間130万ドルの利益を見込めるという。
またパンフレットは、外国人投資家に有利な条件を宣伝しており、権利は国が保護し、資金の海外移転に制限はないとしている。土地は所有できないが、50年間貸借でき、リース権の売買もできる。
さほど条件が良くないプロジェクトもある。
例えば、新設される元山ビール醸造所に240万ドルの初期投資を行い、北朝鮮のビール人気で稼ごうというプロジェクトがある。だが外国人投資家は、15%の取引税や、都市管理税、自動車税などの対象となる。それに加え、所得税14%が課税され、年間予想利益はほぼ半分の約15.5万ドルまで目減りする。
北朝鮮は表向き、国内投資家には課税していない。だが専門家によると、北朝鮮は国営企業の利益の70%程度を徴収して資金源にしている。
プロジェクト案の中には、観光の枠を超えるものもある。「産業ベースで経済価値が高く、観光客や海外輸出市場を満足させる」海産物の養殖場や、照明機器工場、家具工場のほか、改修された「元山釣具」工場もある。同工場の生産力は、浮き1万個、ロープ750トン、「水泳用ライフジャケット」2500個などとなっている。
元山開発プロジェクトが持ち上がって以降、国連は対北朝鮮制裁を強化し、海産物輸出は禁止され、合弁事業にも制限がかかった。
2015年のパンフレットは、外国人投資家の元山への関心は「日々大きくなっている」としている。
だが、同年元山で開かれた投資会議に出席した西側参加者によると、北朝鮮当局者は、投資家のニーズをあまり理解していない様子だったという。会議には、中国や西側から約200人が出席し、この地帯への投資見通しについて説明を受けた後、現地を視察した。
「少しは現実的な話が聞けるかと思ったが、彼らは単にこの投資機会がいかに素晴らしいか述べるだけで、この地域や彼らの計画に問題や欠陥があり得るということを一切認めなかった」と、北京を拠点とする高麗旅行社のサイモン・コッカレル氏は話した。
元北朝鮮外交官で、2015年に韓国に亡命するまでベトナムに駐在したHan Jin-myung氏は、元山計画を国外で宣伝するよう指示されたが、あまり成功しなかったと話す。「代わりに北朝鮮産の薬草や薬を売って終わってしまった」
(翻訳、編集:伊藤典子、山口香子)
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。