1956年、昼間は賑やかだった米セントルイスの街は、夜にはすっかり人通りがなくなっていた。
夜も更け、映画館の明るいネオンが灯りを落とし、アン・フィリップスさんは一人で家路についた。
住み込みのベビーシッターの仕事から解放された夜には、映画がぴったりだとフィリップスさんは考えていた。
その決断が後の彼女の人生を大きく変えることになるとは、当時の彼女には思いもよらなかった。
フィリップスさんは歩道からなんとか立ち上がるまでに数時間かかった。8人の上裸の男に殴られ、死んだように放置されていた。その後、彼女は家に帰り、荷物をまとめてミシシッピ州ジャクソンの実家に向かった。
3か月後、彼女は自身が妊娠していることに気が付いた。
フィリップスさんの両親は、「世話をする」と約束した医師の助けを借りて、赤ん坊を中絶するよう彼女に迫った。
お腹の子の人生を終わらせたくないと思ったフィリップスさんは、中絶の代わりに養子縁組を選んだ。
絶望の淵からの脱出
フィリップさんは1957年2月14日(バレンタインデー)にお腹の子を産んだ。名前は、ジュダ・マイヤーズさん。生後3か月で養子に出された。
マイヤーズさんは自分が養子であることを知って育ったが、養母の死後、40代半ばになるまで実の母親について全く知らなかった。
養子縁組あっせん機関は養父母に実母は死んだと述べ、マイヤーズさんが産まれる前のことについて隠した。
マイヤーズさんが養子縁組あっせん機関に直接尋ねたときも、従業員は口を閉ざしたままだった。それでも、マイヤーズさんはやっとの思いで真実を聞き出した。
マイヤーズさんが産まれる前のことについて知ったとき、「顔にレンガをぶつけられたような気がした」とエポックタイムズの取材で述べた。
その後、マイヤーズさんは朦朧とした意識の中、「レイプ」という言葉が脳裏にこだましながら、よろよろと車に戻った。この世界に生を享ける方法の中で、極めて恐ろしい方法だと彼女は思った。運転席に座り、苦悩とショックに打ちひしがれているうちに、彼女の思考は暗転した。
疑いや不安でいっぱいになり、やがて彼女はクリスチャンとして考えたこともなかったようなことをしようと考え始めた。
マイヤーズさんは当時の所感として「私はそこに座っていて、悪魔が脈打つのを感じている。そして、自殺するべきだと感じた」と言った。
しかし、彼女は助手席で隣に座っているイエスの姿を思い浮かべ、やはり自死することはできないと思い返した。
「私はクリスチャンだ」とマイヤーズさんは声に出して言った。彼女は気を取り直し、テキサスにいる家族のもとへ飛んだ。
しかし、自身の出生前について聞いたときの心へのショックは一夜で消えることはなかった。翌日、その衝撃は再燃し、マイヤーズさんは深い奈落の底に落ちていくような感覚を覚え始めた。
そのとき、彼女の苦しみをまったく知らない友人が、「神は、あなたが生み付けられる前からあなたを知り、愛し、受け入れることを決めていました」と教えてくれた。そのとき、突然明るい光が彼女の心の闇を突き破り、奈落の底から自分を引っ張り出そうと手が伸びてくる感じがした。
それ以降は、マイヤーズさんは自信を持てるようになったという。
プレッシャーの中
マイヤーズさんは実の母親がいる老人ホームを探しあてた。母親の車椅子のそばにひざまづきながら、彼女は母親が受けた性暴力の詳細について知った。
話を聞きながら、マイヤーズさんは涙を流した。
普段から二人はお互いに再会を願っていた。再開できたことで、「神は忠実である」と感じたという。
マイヤーズさんは、母親が許せるのなら自分も許せると考えた。その後、彼女はアーティストとしてのキャリアを一時中断し、妊娠・レイプ危機管理センターと協力して、レイプによって妊娠した女性に住居、カウンセリング、経済的・物質的援助を提供する非営利団体「Choices4Life」を立ち上げた。
そうした中、マイヤーズさんは性暴力で妊娠が発覚した母親が中絶を選択しなかった決断が特殊なことではないと気づいたという。実際、彼女が話を聞いた女性のほとんどは産みたいと思っていたが、中絶を迫られていると感じることが多かったという。
シャーロット・ロジエ研究所が2023年に実施した調査によると、中絶手術を受けた女性の67%が、その手術は強制されたもの、望まないもの、自分の価値観に合わないものだったと答えている。
プロライフ団体「スーザン・B・アンソニー・プロライフアメリカ」の広報担当エミリー・エリン・デイヴィス氏は、エポック・タイムズに対し、自分も2度の予定外の妊娠でそのプレッシャーを経験したと語った。
デイヴィス氏によれば、最初の妊娠はモーテルに住んでいた大変な時期に起こった。
周囲は彼女に、中絶するようすすめたが、産むことを決断した。その赤ちゃんは現在18歳の男性である。
「私がこれまでしたことの中で、最も美しく、最も無私な行為のひとつです」とデイビス氏は語った。
二人目の妊娠では、赤ちゃんの父親から中絶を迫られたという。しかしその時、彼女は「何とかする」と誓い、娘を産むことを選んだ。
デイビス氏は、性暴力で妊娠した場合、周囲のスティグマ(差別や偏見)により子供が人間性を失ってしまうことが多いと指摘した。
「レイプ犯の子供」と呼ばれ、あたかも人間としての価値がないかのように言われるのです。
「正義が歪んでいる」
中絶に関する法律が厳しい州であっても、性暴力によって妊娠した女性は例外とされる。
例外が設けられた理由は、レイプされた女性は赤ちゃんを妊娠させることでフラッシュバックしてしまうという仮定に基づいていることが多い。
しかしマイヤーズさんは、中絶を選ぶレイプ被害者にも同じことが言えると指摘した。
「Choices4Life」を通じて、彼女は赤ん坊を中絶した17人の強姦被害にあった女性と対話した。そのうち14人は自殺願望があり、そのうちの1人はすでに自殺を図っていた。
自殺願望が起きる理由は、中絶した日からの節目に赤ちゃんのことを考えてるためだという。
マイヤーズさんは、レイプ犯は刑期の後に釈放され、母子は「釈放されない」ことが多い、
レイプ被害の母親と赤ん坊が苦しみ、加害者の犯罪の代償を払うことになるのは不公平だと語る。「レイプ後に死ぬべき人間がいるとすれば、それはレイプ犯ではないか」「正義が歪んでいる」と述べた。
レイプ被害者の多くは成年者である。加害者にとっては、中絶は法的追及からの逃避となりうる。
デイビス氏は「私たちは、性的人身売買や虐待者が中絶を利用して犯罪を隠蔽している事実を知っています。つまり、それはこの国全体で起こっていることなのです」と指摘した。
米非営利の調査ジャーナリスト組織「プロジェクト・ベリタス」が公開した映像には、ミズーリ州にあるクリニックで、13歳の少女の中絶について潜入ジャーナリストが取材している。ミズーリ州では中絶は違法だが、未成年者を州境を越えて密かに中絶のために移送していると、このクリニックの院長は語った。
ミズーリ州の法的同意年齢は17歳であり、未成年者が親の同意なしに他州で中絶することを幇助することを州法で禁じている。
この映像を見て、ミズーリ州の司法長官が訴訟を起こしている。
最後にマイヤーズさん、軽々しく中絶を選択するのは、妊娠中の母親とその子供の両方を卑下するものだと考えているという。
マイヤーズさんは、「私たちの誰もが、自分がどうやってここに来たかを選んでこの世に生まれてくるわけではない」「女性やその子供たちのことを考えるなら、私は母の子供だ。そして私の命は、他の誰とも同じように、救われるに値する」と語った。
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