1989年6月4日、民主化を求める学生や市民が武力弾圧された天安門事件は32周年を迎えた。トランプ米前政権で中国政策首席顧問を務めたマイルズ・ユー(余茂春)氏は2日、米華字メディアの取材に応じ、1989年の天安門事件から多大な衝撃を受け、自身の人生観まで変わったと述べた。ユー氏が前政府に与えた助言は米国の対中政策に深い影響を与えた。
海外の独立系中国語メディア「華夏文摘(CND)」のインタービュを受け、ユー氏は1989年の「六四天安門事件」と米中関係について語った。
ユー氏は、当時の天安門広場で学生や一般市民に見られた「恐怖を振り切った姿」に大きな衝撃を受けたと述べた。
「天安門事件が続いた7週間は、共産党が政権を握って以来、中国人にとって最も自由で、恐怖から遠ざかった7週間だった。天安門事件の根底にあるのは自由だ。たとえそれがどんなに短くても、人々は何も恐れずあの時間を過ごした」
「中国人にとっては国内にいようが、国外にいようが、漠然として言い知れぬ不安と恐怖の中で生きている。パスポート、ビザ、学校、仕事先、戸籍、両親、親戚……心配しなければならないことがたくさんある」
「共産党がいつでも市民をコントロールしていて、罰することができるという目に見えない圧力がかかっている。しかし、天安門事件の参加者はこの恐れを振り切った」と同氏は指摘した。
「中国人の人間性は共産党によって歪められた。しかし、天安門にいた戦士たちは、人間性への真の回帰を示した。これは共産党に対する勇敢なる挑戦だ。私は大きな衝撃を受けた」と述べた。
そのため、ユー氏は「天安門事件」は人類史上の象徴的な事件の一つであると信じている。
しかし、「米政府内の一部の人たちは『習近平政権が始まるまで米中関係は良好だった』と考えていた」とユー氏は指摘した。
ユー氏は、「米中関係の分岐点を習氏が就任した2012年ではなく、1989年に置くべきだ」と指摘した。「1989年の天安門事件は中国共産党が政権を握ってから、中国国民と共産党が初めて目に見える形で衝突し、両者が対立関係であることを明確に示したからだ」
また、米国務省の多くの官僚は、イデオロギーの観点から米中問題を議論することに消極的だったという。そのため、ユー氏は国務省の中国事務を担当する上級官僚数十人を対象にセミナーを開催した。
「マルクス、レーニン、毛沢東、習近平、中国共産党の文章、旧ソ連に対する『封じ込め』を提唱した米外交官ジョージ・ケナン、米中関係に関する古典的な著作など一緒に読んだ。非常に活発な議論が行われた。このセミナーは数回開催され、多くの人が米中関係の見方を変えた」
「だからこそ、ポンペオ長官はスピーチの中で、米中問題の核心は、イデオロギーの衝突だと繰り返し述べた」
「ロバート・オブライエン前国家安全保障担当も、共産主義、レーニン主義、中国共産党のイデオロギーがいかに米国にとって深刻な課題であるかについて警告していた」
「これらはすべて、米国務省が根本的な方針転換を図ったためだ。どれも六四天安門事件と必然的な関連がある」と述べた。
一方、中国当局は今も天安門事件をタブー視し、事件に関するキーワードの検索もしばしば禁止している。
(大紀元日本ウェブ編集部)
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