2019年7月の参議院選挙で公職選挙法違反の罪に問われている前法相の河井克行氏と妻の案里氏の初公判が8月25日、東京地裁で始まり、ともに無罪を主張した。
罪状認否で河井氏は「案里被告と共謀はしていない」 「現金の供与は選挙運動、票の取りまとめという趣旨でない」と主張し、案里被告も同様に無罪を主張した。
東京地検特捜部のあげている今回の逮捕容疑は、19年4月頃、つまり、選挙の3カ月前頃に、広島県内の議員や首長などの有力者に、参議院選挙で案里氏への支持を呼び掛けて多額の現金を渡していたというものだ。
いっぽう、これらの活動は、公選法違反の対象となる選挙活動ではなく、政治運動として捉えることができるものだ。金銭が授受されていても、政治資金収支報告書に記載されていれば「政治資金の寄附」と扱われる。さらに、記載されていなければ「ウラ献金」として政治資金規正法違反になるが、公選法の罰則は適用されない。
このうえで、公選法違反として河合夫妻の逮捕に踏み切った今回の検察の対応は異例といえる。案里氏が立候補した参院選公示前後に、地元議員ら94人に渡したとされる現金について、検察は「陣中見舞い」「当選祝い」の名目で案里氏への支援の報酬と主張している。河合氏の弁護団は寄付金としており、この趣旨は争点となる見込みだ。
公判は早期判決を目指すも、元陣営スタッフらを含め100人を超える証言尋問が行われ、地裁はすでに12月までに計55回の期日を指定している。判決の言い渡しは来年に持ち越されることが確実視される。もし、河井夫婦に罰金刑以上が確定すれば、当選無効や公民権停止で失職する。
安倍政権を支えた五人衆のひとり
選挙スキャンダルを取りざたされている河井議員だが、安倍政権の外交を支えた実力派政治家だった。2016年、日本経済新聞により「安倍晋三総理を支える五人衆」のひとりに数えられた。外交派議員、また内閣総理補佐官として米国やアジア、中東訪問を重ね要人と会談し、人脈を築いた。
総理特使として安倍首相の信を得ている。11月の前回の米大統領選でドナルド・トランプ氏が選出されると米国へ派遣され、日米安保やTPPについて日本側の意向を伝えた。
2016年2月にはイランへ派遣された。米国などの6カ国が合意した「包括的共同行動計画」の履行日について、ヴェラーヤティ最高指導者顧問やザリーフ外務大臣と会談した。
第二次世界大戦後、欧米諸国から目の敵にされているイランと石油取引を結んだことから、日本はイランと世界の民主主義先進国のなかで最も深い関係を築いている。2012年の第二次安倍内閣発足以降、両国は関係を温めた。イラン政府系ニュースサイト「パース・トゥデイ(Pars Today)」によると、河井総理補佐官(当時)との会談で、ザンギャネ石油相は「イランには旧来から日本との戦略的関係にある」とし、イラン産原油の日本への輸出は、最も重要な両国の協力のひとつであると語った。
河井氏はフィリピンでロドリゴ・ドゥテルテ大統領とは8度もの会談を重ね、信頼関係を築いた。これにより、同国中国系団体が建てた慰安婦像の2基の撤去を実現させた。
河井氏はブログで、フィリピン側の撤去決定について「メールで率直にやり取りができる個人的な信頼関係の積み重ねがあってこそ、マニラ湾「慰安婦」像の撤去といった難しい仕事を成し遂げることができる」(2018年6月、フィリピン政府高官訪日の会食で)「日本は過去の行為に対して補償を含めて既に償っている、との正確な認識がドゥテルテ政権の内部で共有されていることは間違いないと考える」(2019年1月)と書いている。
慰安婦問題をめぐり韓国左派が日本の国際評価を引き下げる活動を展開している問題に対応して、米国などに日本側の説明を行うロビイスト役を担った。2015年12月の慰安婦問題に関する日韓合意後も、米国ワシントンに派遣され政府や議員に説明を行った。当時ワシントン・ポストの取材を受けて、次のように語っている。「安倍首相は、日韓合意の内容は譲歩しすぎているとして国内保守から激しい批判に直面している。しかし、すべての関係者が合意の精神を築くことが重要だ」。また、この合意により、その後の北朝鮮の核実験に関する日韓会談で、朴槿恵政権とは「信頼関係に基づく話し合いが可能になった」と述べており、対韓外交の成功を強調した。
しかし、後の文在寅政権のもとで、日本が全資金を捻出した「和解・癒し財団」の解散をはじめ日韓合意の破棄運動が行われている。米ウォール・ストリート・ジャーナルは8月31日の社説「安倍晋三氏のレガシー」で、慰安婦をめぐる韓国との紛争対応は失敗と書いているが、中国の拡大主義が進む中、安倍政権の外交と軍事のコミットメントは大いに有効的だったと評した。
(文・大道修)