今回のリオデジャネイロ五輪で、中国はメダル獲得数が過去20年で最低という振るわない結果を迎えてしまったが、競泳女子100メートル背泳ぎで銅メダルを獲得した傅園慧選手の茶目っ気で個性豊かな姿が、世界中の視聴者を釘付けにした。傅選手の発言に愛国主義の決まり文句が見られないことに注目と称賛を受けることから、中国人の価値観が今まさに変化を遂げようとしていることを示しているようである。
素直で豊かな感情表現 かわいらしさにファン激増
傅選手が最初に注目されたのは、メディアからの取材を受けた際の、その豊かで素直な感情表現。記者から自身の記録について良いニュースを告げられるたび、時に目を丸くして驚き、時に満面の笑みを浮かべながら、心のままに喜びを語った。
8月8日の準決勝終了直後に、自己最高記録を更新したと記者から告げられた際には、「そんなに速かったの?すごくうれしい!」「もう…全部の力(洪荒之力)を出し切りました!満足しています」と、自己ベスト更新の喜びをあらわにした。
そしてメダル獲得をかけて戦った翌9日の決勝直後、記者から2位の選手との差がわずか0.01秒だったと聞かされた時には「じゃあ、私の手が短すぎたってことかな」と茶目っ気たっぷりに答えたが、それが自身の3位入賞を意味していることには思い至らなかったようで、記者から銅メダルの獲得を告げられて初めて「えっ!?3位!?そうだったの!?」と、まるで予想外のプレゼントをもらった子供さながらの無邪気な喜びを、全身からあふれさせた。
メダルに固執しない めずらしい姿勢
苦しい練習を乗り越えてきたことに質問が及んだ際には「私が何を経験したかは神様のみが知っています。本当につらかった」「死んだほうがましだとさえ思ったし、いっそ死にたいとずっと思っていました」「今日は私の命をかけて泳ぎました!白目をむいてゴールにたどり着きました」と、自身のこれまでの道のりが決して平たんではなかったことを、非常に率直に語っている。
同選手が、自身の心境を自分の言葉で素直に表現しながら試合の結果を満足だと表明し、メダル獲得に固執していない態度を示したことは、オリンピックという世界で最も過酷な競争の場においては非常に稀有なことだと、驚きを禁じ得ない。
純朴で拝金を避ける傅選手 米NYT「中国でスターになった」
今回のオリンピックで、傅選手は一躍、時の人となった。17日、中国のミニブログ大手、微博(ウェイボー)では同選手のファンが600万人を超えた。また海外メディアも、同選手について非常に好意的に報道している。英BBCは同選手がスポーツ競技に対する中国人の考え方を変えつつあると報じ、米ハフィントン・ポストは同選手を今回の五輪で最もキュートな選手だと紹介した。また米ニューヨークタイムズは、同選手はリオ五輪のスターに上り詰めたと賛辞を贈った。
だが試合の内容について大きな喜びを表明したのと反対に、社会からの反響や金銭的、物質的な恩恵を受けることについて、同選手は冷静な考えを保っている。
10日夜、傅園慧選手は中国のネット番組「映客直播」に出演し、ファンと1時間にわたり交流したが、この時の視聴者数は「映客直播」の過去最多を更新する1000万人を記録し、放送中に同選手へ高級車やクルーザーをプレゼントするといった視聴者からの申し出が後を絶たなかった。だが傅選手は「プレゼントは贈らないで」と再三呼びかけた。「これはお金を贈ると同じ事になるでしょう。私は受け取れません。罪悪感でいっぱいになってしまいます」
また16日、中国の大手ポータルサイト、網易の生番組に出演したときにも、「自分らしく生きるべきことだと思っていますし、今は何だかよく分からないうちに有名人になってしまっただけで、私自身は以前の自分と何も変わっていません」「人間として善良であることは何よりも大切であり、人格が大事なのではと思っています」と話し、世間やマスコミの反響に驚きつつも、等身大の自分をしっかりと保ち、堅実な姿勢を示している。
歴代スポーツ選手「中国共産党に感謝」が決まり文句
中国のネット掲示板には、同選手の性格の良さや拝金主義とは一線を画す清廉な姿勢、そしてその豊かな個性を称賛するコメントが溢れている。また、傅選手がこれからも自分らしくあり続け、外部からの干渉によってそのピュアな心が損なわれないようにと願う人も多い。「中国当局が傅選手を宣伝に利用するようなことが起こらないことを願うばかりだ。彼女にはこれからも自然体であり続けてほしい」
今回の傅選手の自由で生き生きとした発言と、これまでに中国の歴代のスポーツ選手が幾度となく繰り返してきた「中国共産党、中国人民、そして祖国中国に感謝する」といったお決まりの発言とを比べると、隔世の感がある。
以前、当時18歳だったスキー選手の周洋さんは、表彰時のインタビューで両親、チームメイト、コーチらに対する謝意を述べたが、「党と国への感謝」を表明するのを忘れてしまったため、国家体育運動委員会から批判されてしまった。今からわずか6年前のことだ。
「洪荒女子」「95後」世代に共感
一方、傅選手は14日、中国中央電視台の番組「風運会」に出演した際に、あっという間に人気者になってしまったことで変化したことは何かと質問されて、自分に対する周囲の見方が変わっただけで、自分自身は何も変わっていないし、変わりたいとも思わないと語っている。以前の中国選手なら、「党や国への感謝」を改めて口にしたことだろう。
1996年1月7日生まれの傅選手は、今年でちょうど20歳。典型的な「95後」のネット世代だ。彼女の発言中の「洪荒之力」とは、もともとインターネット小説と人気ドラマに出てくる言葉で、そのため傅選手は「洪荒女子」とも呼ばれるようになった。「私と同世代の人たちは、私と同じように普段から我慢を強いられることも多いだろうけど、本当は私同様、活発で明るい面を持っていると思います」と語る傅選手は、新しい世代を代表している。
同選手は自身のことを「(共産国家)体制内部におよそふさわしくない人間」と称しているが、世界中から注目を浴び、各国のネットユーザーからの称賛を受ける理由はまさにここにあるだろう。傅選手の発言に中国共産党の党思想の片鱗が見られないことは、西側諸国に驚きと喜びを持って受け入れられた。また傅選手が中国にもたらしたセンセーションは中国社会のあらゆる層に衝撃を与えたが、その衝撃の大きさはそっくりそのまま、中国人が同選手に抱く共感や、自身もそうありたいという願望の表れだと言える。
ワシントンポストは、中国人の価値観が今まさに変化を遂げようとしていると報じている。スポーツ選手のファンの様相も様変わりし、立派な成績を残せなかった選手たちに、かつてのような容赦ない批判を加えたりはしなくなった。スポーツ選手は決して「スポーツロボット」ではないこと、そして晴れの舞台で全力を注ぐ選手の姿を勝敗に関係なく褒め称えることにこそ、ファンとしての喜びがあることに、中国人は気づき始めている。
中国は今、変化している。そしてその変化は、もはやスポーツ選手やファンの姿だけにとどまらない。
「洪荒之力」には宇宙の「洪荒(混沌とした状態)」を変えることのできる超自然的な力がある。傅園慧選手が中国社会に与えた衝撃は、まるで「洪荒之力」が広がり、変化を引き起こしている象徴であり、中国は明日にでも歴史的な転換を迎えようとしていることを示しているようである。
(翻訳編集・島津彰浩)
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