「報道倫理を守れ」朝日新聞の報道姿勢に一石投じる

2010/11/18
更新: 2023/04/24

「報道倫理を守り、中国共産党の垂れ流し報道の前に確認を」

 16日朝、東京都築地に本社を置く朝日新聞社前に青い横断幕が掲げられ、往来する人々はこう書かれたチラシを受け取ると足を留めた。

 「日本法輪大法学会」が配るチラシには、次のように記されていた。「中国公安当局の情報を公平な立場から確認することもなく掲載し、迫害を与える側に立たれてしまった行為を懸念し、中国本土での実情を朝日新聞社の社員の方々に知っていただこうと、 15~19日の期間、朝日新聞社の前でビラを配ることに致しました」

 事の発端は、10月25日午後。この日の朝日新聞夕刊一面(都内版)に掲載された記事の一つの段落にある。 同社中国特派員が、重慶市で起きた反日デモを現地から報道した記事だ。

 「中国政府がデモに厳しい姿勢を取り始めた背景には、対日関係に改善の機運が出ていることに加え、深刻化する就職難や物価高騰などに不満を持つ市民が反日デモに乗じて抗議活動をし、反政府運動に発展することへの警戒があったという。一部のデモには、中国政府が『邪教』と断じた気功集団の『法輪功』が関与しているとの情報が公安当局に入り、危機感が強まった」

 NPO法人日本法輪大法学会の鶴薗雅章代表は「この日の夕方、知人から『朝日がありえないことを書いている』と電話が入った。近くのコンビニに走り、朝日新聞を手にとって見ると、反日デモに関与するなどといった内容が書かれていたので驚いた」と当時を振り返る。

 反日デモへの関与、邪教、公安当局の強まる危機感。ネガティブな言葉が並ぶ記述に、「中国で当局に弾圧を受けている法輪功学習者は、仲間と会うことさえも難しく、会えば『秘密集会』と断じられ、その場で逮捕されてしまう。デモの参加などありえない話だ」と鶴薗氏は続けた。

 法輪大法学会は記事発表の翌日、 記事訂正を求める文書と迫害事実を伝える資料を持参して、朝日新聞を訪ねた。およそ2週間後、同社広報部より届いた返事には「中国公安当局に入った情報を伝えた」とあるのみで、同会の記事訂正要求には応じなかった。

情報源の開示と報道の公正

しかし、この返答に鶴薗代表は納得しない。「中国政府が法輪功迫害のためにデマを流す可能性は排除できないはず。日中間の対立感情が高まっている中で、日本人に与える法輪功のイメージを悪くさせたことは大きな問題です」としている。

 中国公安当局に入った情報が、どのように朝日新聞に流れたのか。記事を執筆した同社中国総局の峯村健司記者に、11月9日夕方、電話を入れた。

 「法輪功が迫害されていることは知っているか?」の問いに、峯村氏は「知っている」と回答。当局に入ったという法輪功デモ関与の情報源について尋ねると、「取材のルートについては一切答えられない」と述べた。情報提供者の保護などを目的に、記者は情報入手ルートを明かさない。峯村氏の回答は一見、筋が通った弁明に見受けられる。

 しかし、峯村氏は取材可能である日本の法輪功への取材を一切行っていない。これについてジャーナリストで在米中国問題評論家の石蔵山氏は「朝日新聞の今回の報道は、明らかに新聞の公正原則に反している」と指摘する。「新聞報道の基本は真実を伝えること。現実社会は非常に複雑であるため、記者はなるべく公正でバランスがとれた報道を要求される。この報道では、中国公安当局に入った情報として法輪功は反日デモに参加したとしているが、朝日新聞にとって、法輪功側からの事実確認や態度表明は簡単に入手できるのに、この程度の努力さえしていないことは、明らかに、公正の原則に反している」と同社の報道姿勢を批判した。

情報源についての疑問

9月末から10月末までの反日デモについて報道した他の日本各社の記事には、朝日新聞の記事のような法輪功関連の情報は見られない。日中間の溝が深まる中、中国公安当局が朝日記者だけに内部情報を開示したことは、何を意味するのだろうか。石蔵山氏は次のように分析する。

 「中共当局は、国内の報道では一度も法輪功が反日デモに参加したとの情報を報道したことはなかった。おそらく反日デモに、『反腐敗、反一党独裁』など当局が望まない状況が現れたため、治安責任の公安局にとって一番作りやすい口実である『陰謀論』を広めることを考えたのかもしれない。法輪功に対して中国当局はすでに10年以上弾圧しているため、陰謀論を被せる最も良い対象だ。しかもその真実性を、(第三者は)確認もできなければ、否定もできない。かつての政治迫害運動で、中共内部が一貫して用いた手法である。ただし、朝日新聞がそれを『内部筋情報』として報道したということは、朝日に情報の真実性確認についての意識が欠損していないのであれば、一種の下心があるように思える」

 情報源の入手レートについて、いろいろな推測が浮かんでくる。同氏の分析に沿って、朝日の今回の報道にいたる経緯を時系列にまとめると次のようになる。

 問題とされる朝日新聞の記事が発表される約一週間前、尖閣諸島問題の日中間密約に関して、同社の週刊誌「AERA(アエラ)」がスクープした。これにより、中国当局が国民に見せた領土問題に対する強い姿勢は崩れ、中国当局は売国奴だという国民の反政府感情に火が付いた。中国外務省の馬朝旭・報道官は記者会見を開き、AERAのスクープ記事について「密約は存在しない」「まったくのデマで、中傷と悪だくみだ」と朝日新聞を厳しく批判した。

 そうした中国政府の批判を受けながらも、10月25日未明、朝日新聞は重慶市から「共産党・政府への直接批判も 中国各地で反日デモ」という記事を発信した。中国西部の甘粛省蘭州と陝西省宝鶏で24日に行なわれた反日デモの中で、「多党制を導入せよ」「住宅が高すぎる」といった横断幕も掲げられ、中国共産党・政府を直接批判する訴えが現れ始めたという内容であった。

 「人民日報・日本総支局の朝日新聞社が、こうした内容に関連して、大陸反日デモの実態を伝えている。こんな報道をすると、同社は北京から厳しいお叱りを受けることだろう」と、ある日本国内のブログ記事はコメントする。

 朝日新聞の同日未明の記事に続き、午後3時、同じ記者が重慶市から発信した反日デモ記事が同紙ネット版「アサヒ・コム」に掲載された。2回目の記事には今回問題となった「法輪功が関与」の記述が追加された。

 つまり、朝日新聞の峯村記者は、同日未明に反日デモ記事を出した後まもなく、石蔵山氏の指摘した「陰謀論」、つまり中共にとって有利な「法輪功デモ関与」情報を中国公安局関係筋から入手し、日本法輪大法学会に事実を確認することなく、同日の午後に流したことがうかがえる。

 重慶市の公安局は、法輪功迫害に加担したことで海外で起訴されている薄煕来市長の管轄下にある。密約、反日デモ、共産党政権批判、そして今回のような朝日新聞の一連の報道は、中国当局の不満を招くと推測される。一方、重慶市公安当局に入った秘密の情報は、一定のルートを通して朝日に流れている。その裏に何があるのか。

問われる朝日の報道姿勢

法輪功問題に注目している弁護士の一人は、今回の朝日報道について「ひどいと思う。朝日新聞の上層部の法輪功に対する立場が分かった」とコメントする。

 朝日新聞東京本社の社屋内に「新華社」の日本支局が置かれ、記者がかつて中国共産党機関紙「人民日報」海外版の日本代理人となっていたことから、しばしば朝日新聞は親中共メディアだと言われてきた。70年代、中国内外の報道機関に対する言論や報道の自由がない当時の中国において、日本メディアで唯一、朝日新聞だけが特派員を置いていた。

 1970年10月発表の研究座談会「あすの新聞」(日本新聞協会主催)の記録によると、当時の広岡知男・朝日新聞社長は現地特派員へ「こういうことを書けば、国外追放になるということは、おのずから事柄でわかっている。そういう記事はあえて書く必要は無い」といった報道の方針を与えていたという。

 広岡氏のこの発言を、専門家は「中国共産党に都合の悪い真実を封殺することを、会社の経営陣自らが従業員に指示していたという趣旨に受け取ることもできる。当時の朝日新聞の報道は中国共産党政府寄りであった」と推測している。

 一方、2008年北京オリンピック開催あたりから、中国政府にとってはネガティブな報道がしばしば、朝日新聞でも見かけられるようになった。近年、チベット問題とウイグル問題を中心に、中国共産党政府を批判する記事が増えているように見える。

 朝日新聞の中国報道における変化について、同社記者が北京五輪前に発信した記事からその背景をうかがうことができる。「中国が取材対応マニュアル 外国に積極提供、国内は規制」と題する記事によると、中国共産党宣伝部は、国内メディアを厳しく規制する一方、西側メディアに対して「中国の情報自由化への流れ」を印象づけ、うまく中国の考えをアピールする。これで外国メディアの中国報道に対する規制の尺度が緩められたという印象を与える。

 朝日新聞の報道には、チベットやウイグル問題など、中国政府を批判する記事が増えてはいるが、しかし一つだけ堅持しているように思われる表現がある。それは、法輪功に関する話題に言及する際、常に「中国政府が『邪教』とみなす」と前置きを付けることだ。また、今回の反日デモのような規模の大きい出来事では、法輪功側の事実確認の取材もしないまま、中国当局に入ったとされる情報をそのまま日本国内に流している。

北京五輪でも中共視点のメッセージ

「北京オリンピック開催前にも、朝日新聞は中国当局関係者からの情報のみを元にした記事を発表している」と鶴薗氏は話す。

 2008年6月26日、瀋陽からの同社特派員による記事には、法輪功が国外活動で使用する黄色いTシャツ1万枚が「日本から中国に運ばれた」との記述があるが、鶴薗氏によると、この件についても日本法輪大法学会側への情報確認の取材はなかったという。つまり朝日新聞の特派員が「(中国の)東北地方の政府当局者が漏らした」話のみを記事に採用した可能性が高い。

 「以前、大手テレビ局の記者が北京支局に勤めていたとき、法輪功迫害を取材して北京から東京へ送ったが、報道されなかったそうだ。これには流したくない事情があるのだろう。法輪功に関する正しい報道は、日本社会ではまだまだ少ない。特に、朝日新聞は報道するたびに、中国当局が貼ったレッテルをそのまま使っており、中国共産党政府が法輪功弾圧のために捏造したデマをそのまま日本国内に流している。真・善・忍を信じるだけで中国で迫害されている人々のことを想うと、心が痛む」と鶴薗氏は述べた。

 法輪功に関する報道をネット上で調べたところ、確かに朝日新聞の報道では、「中国政府が『邪教』とみなす」という表現が定着しているようだ。他社の報道では、「中国で非合法とされ、弾圧されている気功団体」が一般的である。

 今回の記事での「邪教」という表現について、同記事を執筆した峯村記者は電話の中で、「私個人の判断ではない。今まで弊社はそのような表現を使ってきた。その形を私も踏襲した」と答えている。個人の判断ではなく、社の方針であることがうかがえる。

 朝日新聞が頻繁に使用しているこの表現について、最近ニューヨークで閉会したばかりの第65回国連大会で、国連の宗教・信仰自由問題の特派員ハイナー・ビーリフェルド(Heiner Bielefeldt)氏が、中国政府による法輪功愛好者への「容認しない態度」や、組織的な迫害について批判した。また、同特派員は、中国では法輪功などの社会的に弱い立場に立たされた信仰グループがよく「邪教」と定義されており、そのため社会的な差別を受けているとも報告し、時には「(国家政権)転覆を陰謀する」との口実で弾圧を受けると指摘した。

 法輪功弾圧問題に取り組む国際弁護団の代表、国際人権弁護士の朱婉琪氏によると、法輪功は中国のほか世界114の国と地域に広がっており、いかなる国・地域でも合法的であり、中国政府が定義した「邪教」の要素は中国以外のどの国・地域でも確認されていない。「それどころか、これまでに国際社会から1600項目以上の褒賞を受けており、法輪功による社会への貢献を認めるものばかりである」と同弁護士は説明する。

 法輪功は、1992年に李洪志氏が中国東北で伝え始めた伝統健康法。心身の向上において速やかな健康維持効果が見られ、中国国内で博大な人気を得て1億人ほどの学習者に発展した。その人気と共産党イデオロギーに相反する精神性に脅威を感じ、1999年7月から中国共産党当局が弾圧を始めた。中国憲法にも反するこの弾圧を続けるため、法律から独立した秘密組織「610弁公室」を設立し、弾圧を指揮している。

 中国国内での法輪功に対する迫害実情を伝えるサイト「明慧ネット」によると、 同組織は対外的に法輪功に対する迫害の真相を覆い隠し、一方では絶えずデマを飛ばしながら、水面下で迫害を推進してきた。 ここ10年来、同組織は祝日や記念日、また大きなイベントに際して、絶えず口実をつくって法輪功を誹謗中傷しているという。

(趙莫迦/佐渡道世)

日本の安全保障、外交、中国の浸透工作について執筆しています。共著書に『中国臓器移植の真実』(集広舎)。
趙莫迦