安倍政権はなぜ敗れたか(前編)

2007/08/16
更新: 2007/08/16

【大紀元日本8月16日】 今回の参議院選挙は安部自民党の大敗に終わった。安倍首相は続投を早々と表明し、内閣改造に取り組む予定だ。この原稿を書いている時点(8月15日)では新内閣については断片的な情報しかもたらされていないが、この敗北の本質的な原因を安倍首相が自覚しない限り、仮に自民党の実力者を単に集めただけの内閣改造では、おそらく近い時期に行われる衆議院総選挙で安倍自民党が勝利することは難しいだろう。しかし、自民党議員の発言を見る限り、安倍首相の退陣を要求する側もまた首相を指示する側も、なぜ今回の大敗を招いたかについて本質を突いた議論は殆ど見られない。

松岡農相の自殺、年金問題、閣僚の不祥事と余りにもお粗末な発言、等々は確かに地すべり的な大敗を自民党にもたらした。ただし、それはあくまで起爆剤である。その根本に、現在の日本政治情勢の根本的な変動があることを見なければ、おそらく自民党のみならず、日本の全ての政党は時代に取り残されていくだろう。

小泉革命は確かに自民党を壊したが、安倍氏の真の支持基盤も切り崩された

前小泉総理をどう評価するかは意見の分かれるところだが、少なくとも小泉時代、自民党と日本政治は大きく変貌したことは確かである。小泉首相の最大の功績は、国民に対し、自分の一票は政治を変える力があるのだという確信を持たせたことであり、かつ「政治とは自分たちが考えていたよりもずっと『面白い』ものだ」と思わせたことだ。従来の「国民は主権者です、政治に関心を持ちましょう」等の全く実態の無いお題目を超えて、国民に「政治は面白いから投票に行こう」と思わせたのは、決して皮肉でもなんでもなく、大衆民主主義の時代の政治戦術を小泉氏は無意識のうちに身に着けていたことを示す。

これは、小泉氏が元々自民党内では決して多数派ではなく、かなり初期の段階から、パフォーマンスや時として党中央をも批判しマスコミに露出することで勢力をつけてきたからだろう。小泉氏は、自民党を以前から支持してきた組織や利権構造に入れなかったアウトローの一人であり、民衆に直接訴え、世論を味方に付け、マスコミを利用することで自民党内の多数派を押さえるという、これまでの自民党総裁には殆どできなかった手法を導入した。

小泉氏の成し遂げたこと、また破壊したことがどのように評価されるかはさておく。しかし、安倍首相は、本来小泉氏とは全く性格も政治信念も異なる政治家なのだ。安倍首相の失敗は、本来小泉革命を継承する体質ではない政治家なのに、その後継者として認知され、己もそのように振る舞わねばならない悲劇から来たものなのだ。

経済・内政面では、小泉氏はかなり明確に新自由主義的改革を打ち出した。規制制度に寄りかかる既得権益や旧弊の利権構造への小泉氏の攻撃は、アジテーションとしても国民の気持ちを掴むことに成功した。しかし、規制とは一面で保護でもある。日本の旧来のシステムが、いかに時として閉鎖的な利権共同体に見えようとも、談合制度などに見られるように、それなりに中小零細企業が生き残れるような「温情」をもたらすシステムであり、日本型の終身雇用がある種の社会福祉的一面を持っていたことも事実だ。官僚は確かに堕落している面はあるが、それを全て「民」という名のもとでベンチャー企業に預けてしまっては、福祉すらも悪徳企業の手に落ちる危険がある。これに反対し、旧来の自民党的=日本的共同体を守ろうとするグループは、一部は国民新党などに離脱、残りは自民党内で不満をくすぶらせることになった。

安倍首相は、どちらかといえば経済・内政面ではこのグループに近い意識を持った政治家である。郵政民営化を問う選挙で、安倍首相は自分と最も政治的に近い平沼赳夫議員が自民党を離党したことに対し、幹事長時代、何とかその意志を翻させようと説得したという(平沼議員自身が文藝春秋9月号で語っている)。小泉自民党の大勝が、実は自分の最も近い自民党の同志を切り捨てる中で生じたことを、安倍首相はおそらく内心忸怩たる思いで迎えたはずである。

安倍首相は就任以降、憲法改正、教育基本法改正など、「安倍カラー」を出すべく積極的に動いた。これらの政策・理念は、安倍首相が最も政治家の信念として中心に据えているものであり、私自身少なくとも憲法9条改正は絶対的に支持している。ただし、その方法論は、小泉内閣時代の衆議院大勝に余りにも寄りかかったものだった。

郵政民営化は、先の衆議院選挙で民意を勝ち得たものだというのは民主主義の原則から言って正しい。しかし、あの選挙自体は、まさにワン・イシュー、郵政民営化のみの信を問うた選挙であり、国民全般に憲法問題から教育問題まで全てを委託した意識があったかどうかは極めて妖しい。かつ、憲法調査会設置にせよ、国民投票法案にせよ、また教育基本法においても、民主党内の保守派、リベラル派の中には、政治手段としてのみ反対を唱える従来の野党政治を乗り越えようと、それなりに自民党と協力しようとする勢力が存在した(現在問題になっているテロ特措法も同様である)。ここで民主党内の保守・リベラルを味方に付けるだけの妥協や調整を為しえたならば、これらのまさに国の根幹を為す問題について、少なくとも議会制民主主義の枠内では「国民的合意」を勝ち得たと堂々と宣言することもできたはずなのだ。民主党内の枝野議員や前原議員のような、それなりの見識を持った政治家との話し合いはかなりの地点まで進めることができたはずである。余りにも強行採決に見えた緊急の採決は、小泉首相時代の勝利を利用する強引なやり方に見えても仕方がなかった。

それでも国民に、この法案が絶対に必要であることを説得できるだけのメッセージがあればまだしも、安倍首相は旧来の自らと信念を同じくする保守層には訴える言葉を持っていても、小泉首相に観られたような大衆を巻き込む言葉を持ってはいなかった。むしろ大衆レベルでは、小泉時代の改革の「痛み」が格差社会として自らにのしかかる中、この「痛み」への耐えてくれと励ますメッセージや、必ず解決できるという政策を充分示さず、むしろ自分個人の政治信念のみを突っ走る首相に不信感を抱いたのである。年金問題、政治家のスキャンダルはこの不信を怒りと反自民党意識に直結させた。