中国人の姓の由来

2006/01/28
更新: 2006/01/28

【大紀元日本1月28日】中国科学院はこのほど、2年間にわたる調査を基に作成した「中国姓氏統計」を発表した。それによると、現在中国には4100の姓があり、使用人数の多い順に「李」(13%)、「王」(12%)、「張」(11.8%)となっている。

世界において、姓は文化を伝える重要な符号であるが、その中でも中国ほどに整然と深い内包を保って伝えられている国はない。中国の姓はそのほとんどが深い歴史を内に秘めているのである。

人数が最少の姓ベスト3

今回の調査で明らかになった、使用人数の少ない姓のベスト3は次のとおりである。

(1)第1位:難

今回の調査で村民全員が「難」という姓を持つ村が発見された。かつて、河南省で南北朝時代の石碑が発掘され、それには鮮卑族の「難楼」という名前の官吏のことが記載されていた。「難」という姓は鮮卑族の北遷に伴なって移動し、ハルビンの松花江も当時「難江」と改名された。その後、この「難」姓を持つ鮮卑族は朝鮮半島へ移動したと言われる。そのため、韓国人は河南省の「難」姓を持つ村民たちを自分たちの祖先であると考えており、韓国文化署も「ルート探訪訪問団」を組織して訪中したことがある。

(2)第2位:死

主に中国の西北部に分布している。北魏時代の少数民族の四文字姓に由来するもので、使用人数は年々減少している。

(3)第3位:上が「山」で下が「丘」(発音:ヤー)

安徽省郭陽県と遼寧省彰武県で使われており、使用人数は約2000人。この人たちは、別に互いの繋がりはないが、全員、自分は明の時代の英雄・岳飛の直系子孫であると称している。当時秦檜の迫害を受け、この地に逃亡・定住した後、「岳」の字の上下を逆さにして新しい姓を作ったのである。この説は姓の由来の考証でも確認されている。

人数が最多の姓ベスト3

今回の調査で明らかになった、使用人数の多い姓のベスト3は次のとおりである。

(1)第1位:李

中国人は初対面のとき、おおむね挨拶として相手の名前を聞く。そして、相手が自分と同姓であれば、「500年前は一族だった」と考えるのだが、実は必ずしもそうとは言えない。なぜなら、使用人数の多い姓は、おおむね百以上の出所があり、使用人数最多の「李」には数百あると言われている。

「李」はそもそも「嬴」に由来するとされる。春秋時代には官職の名称を以って名字とすることが多く、道家学説の創始者・老子は、祖先が理官(司法官)の職についていたことから「理」を姓とし、それがのちに「李」となった。また、唐時代の開国元勲である、徐、邴、安、杜、胡、弘、郭、麻、鮮于、張、阿布、阿跌、舎利、董、羅、朱邪の計16の姓に「李」姓が授けられた。「李」姓の中にはまた、「趙」姓から改姓されたものも見られるし、魏時代の後期には、鮮卑族の複姓から「李」に改めた者もいると言われている。

(2)第2位:王

「王」姓もその出所は多岐にわたるが、主には「子」、「姫」、「嬀」を由来とする。「子」姓に由来する「王」姓は、商王朝の王子・比干が祖先であるとされる。「姫」姓に由来する「王」姓は、周文王の第15子・畢公高、周平王の孫・姫赤ならびに周霊王の太子・姫晋が祖先とされている。「嬀」姓に由来する「王」姓は、舜の子孫・嬀満が祖先とされる。これら「子」、「姫」、「嬀」の3つの姓に由来する「王」姓が、現在の「王」姓を持つ人々の主流を構成している。

「王」姓はまた、その他の様々な姓から変化したものもあり、古代高麗の君主までが「王」姓であった。

(3)第3位:張

『元和姓纂』によれば、「黄帝の第5子・少呉青陽氏の子・揮は、弓正(弓製造を司る官吏)であった。揮は、弓星からヒントを得て始めて弓矢を作った。その後弓星を祭ったことから、『張』姓となった」とある。つまり、「張」姓は黄帝に由来し、黄帝の子孫だということである。

「張」姓は漢代から次第に増えてきたが、それは当時の道教の隆盛と関係がある。当時、「黄帝が『張』姓を授けた」と広く言われており、例えば、当時の道教の領袖・張角や張魯などがそうである。

姓の由来

秦漢以前、姓と氏は区別されていた。姓は母系社会に由来し、姓が同じであれば、同じ母系の血縁関係にあることを表した。

中国の最も古い姓は、そのほとんどが、「姜、姚、姒、嬀、嬴」などの女偏の字であり、いくつかの女系祖先から代々継承された氏族のグループであることが伺える。一方、氏は姓より後に生まれたもので、父系による血縁関係を表すものであった。ということは、氏は、父権家長制の確立後に生まれたと考えるのが妥当であろう。

「黄帝軒轅氏、姫姓」ならびに「炎帝列山氏、姜姓」という言い方から、中華民族の共通の始祖である黄帝と炎帝はそれぞれ、2つの異なる母系血縁関係からなる部落あるいは部落連合に属していたということが分かる。