伝統色の奥妙(六)青色

2024/07/15
更新: 2024/07/17

天の色との黄緑色

 環境汚染がなければ、人が屋外で目にする最も大きな色は青です。なぜなら、広い空の基本色が青だからです。

 空の色は、単一で不変の青ではありません。時間帯によって異なります。昼にはスカイブルー、夜には紺色。そして季節や天候の変化に応じて、時には瑠璃色、時には翠色になります…。

 多くの民族の伝統文化の中には「天地対応」と似た言葉がありますが、空の青は地上の青い宝石と対応しています。その宝石は、紺色、スカイブルー、瑠璃色、翠色など多くの青を現わします。「青金石」とも称されますが、西洋では「ラピス・ラズリ」と呼ばれています。

ラピス・ラズリ

 古代から様々な民族が、こうした宝石が天空と神聖さの象徴だと継承してきました。数千年前、シュメール人も古代エジプト人も、さらにはネイティブ・インデアンも、すべて「ラピス・ラズリ」を非常に貴い宝物と見なしており、祭祀や供奉、悪魔払い等の儀式で用いてきました。こうした伝統文化は非常に深くまで浸透し、ある古代文明が滅んだ後も世に伝わり、他の文明に継承されてきました。例えば中国で清の時代、祭天(天を祭ること)の際、皇帝は青い朝服を着て、108個のラピス・ラズリの首飾りを身につける必要がありました。

 しかし、自然界に青い鉱石が多いということはよく知られており、青い石の種類はたくさんあります。なぜラピス・ラズリがこれほど特別なのでしょうか?

 その原因は、やはり神佛と関係があります。ここで皆さんに、いくつの例を挙げましょう。

 アッカド帝国、アッシリア、またバビロンなどのメソポタミア神話で、月神は「Sin」(シュメール語で「Nannar」)と言います。その月神には、ラピス・ラズリの髭があると言い伝えられていました。

 古代エジプトにも似たような認識がありました。古代エジプト人は黄金を神の身体と考えていましたが、神の髪はラピス・ラズリでできていると考えていたのです。

 古代エジプトの神話における最高神ラーの身体は黄金で、髪は純粋なラピス・ラズリとされていました。

 金の身体、青い髪の神については、華人も同じ認識でしょう。佛教の佛の形像も同じです。佛教美術には「佛青」という顔料があり、佛像の髪に用いる色です。「佛青」は単純に色の名前で、原料には藍銅鉱やラピス・ラズリ、あるいは両方を混ぜた色粉が使われていました。

 佛像に塗る「佛青」は彩度が高く色が深いため、金色とのコントラストが際立ちます。古代では佛の青をしっかりと表現するための理想的な顔料として、ラピス・ラズリを研磨して精製していました。しかし非常に高価であったため、佛教に大きく影響された西域での中小型の佛像で多く見られます。一方、中国では千年前から藍銅鉱が多く使われました。もちろん、髪に色がつけられなかった佛像も多くあります。チベットのタンカ(教に関する人物や曼荼羅などを題材にした掛軸)では、ラピス・ラズリから作られた顔料がよく使われています。

熊本県玉名市蓮華院誕生寺の不空成就如来佛像(佛像の身体は金色で髪は青)

 ラピス・ラズリから作られた群青は、西洋美術でもよく見られます。聖母マリアの袍衣は、伝統的に群青で描かれました。この貴い青で、神聖さを表していたのです。神とイエスの服装にもよくこの顔料が使われていました。

イタリア画家イル・サッソフェッラートが描いた聖母マリア(服装の群青はラピス・ラズリから精製)

 美術史上、宗教美術の作品に黄金やラピス・ラズリを原料とする顔料がよく使われています。人はこのような高価な顔料を使うことで神への敬いを表現し、神を賛美したのです。しかし実は高価なことで神聖さを表現しただけでなく、その材料自体の背後にある意味のためでもありました。実は万物には魂があるので、すべてのことにより深い存在の意味があります。材料自体にも同様に奥深い存在の意味があるのです。悟りの心で理解するしかありませんが、それが得られるかどうかは完全に縁です。

フランスの画家ローラン・ド・ラ・イールの絵画『L’Apparition du Christ aux pèlerins d’Emmaüs』イエス(右)の服装はラピス・ラズリから精製

 もう一つ説明しなければならないことがあります。ラピス・ラズリは中国では「青金石」ですが、明朝以前では「青金石」という名前ではありませんでした。中国では昔からずっと他国から輸入していたため、地域によって名称が異なっていたようです。異なる時代も経て、名称は混乱しました。さらに古代人が他の青い鉱石と混同していた可能性もあります。中国古代の文献でも不確かですが、外国の文献で補えば状況を把握しやすくなります。

 薬師瑠璃光王如来(やくしるりこうおうにょらい)、つまりよく知られている「薬師佛」、瑠璃世界の主宰者を例とします。「瑠璃」とは何でしょうか? 薬師瑠璃光王は英語では「Medicine Master and King of Lapis Lazuli Light」、フランス語では「Maître guérisseur de la Lumière de Lapis-lazuli」、イタリア語では「Maestro della Medicina dalla Luce Lapislazzuli」です。薬師佛の「東方浄瑠璃世界」は、英語では「Eastern pure land of Pure Lapis Lazuli」、フランス語では「Terre pure de pur Lapis-lazuli」、イタリア語では「Pura terra di puro Lapislazzuli」です。これらの単語で「瑠璃」に対応するのはすべて「Lapis lazuli」(ラピス・ラズリ)で、中国語では「青金石」です。

ラピス・ラズリ色をした身体の薬師佛(中央)と左右に立つ菩薩

 「瑠璃世界」は略称です。ここで「瑠璃」は人間社会の「瑠璃」ではなく「浄瑠璃」であり、英語で「Pure Lapis Lazuli」、フランス語で「Pur Lapis-lazuli」、「純粋なラピス・ラズリ」です。人間世界の鉱石は純正ではなく、古代の典籍に記載された佛家の宝物とは全く異なります。ここでラピス・ラズリを宣伝する意図はありませんが、ラピス・ラズリは佛教の七宝の一つとして宝石商から高く崇められています。ただし、昔から修煉では物への執着を放棄することが要求されています。修煉者としては心性の向上や、神佛への正しい信仰を大切にするべきです。

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 紙幅に限りがあるので、ここまでにしましょう。本稿では、いくつかの代表的な伝統色を簡単に取り上げただけで、他にも色はたくさんあります。本稿の目的は、中国の伝統色が昨今の中国人が極端に濫用する目も眩むような赤でないことを皆さんにお伝えすることです。

 歴史の研究を通じて、真の伝統色が神佛や天地と密接に関連していることが分かりました。佛家の「金身」も道家の「気」も、これらの色は人に非常にポジティブな感じを与えます。気高くて厳粛でもあるし、特別な感じもあります。しかし赤い色について、俗語で「紅塵(こうじん)」と呼ばれ、更に風俗では「赤線地帯」と呼ばれ…。これらの言葉は世界中でずっと使われていますが、おそらく色について共通の感覚があるのでしょう。

 もちろん、異なる色には異なる効能や用法があります。筆者に赤を排斥する意図はありません。赤にも異なる次元の赤があるからです。しかし、極端に特定の色を使うことは避けるようにお勧めします。特に昨今の赤への崇拝は望ましくありません。この文章が、伝統色を尊重し、その深い意味を理解する皆さんの新しい視点になれば幸いです。(中国共産党の)蒙昧な赤を追い散らし、人々に再び多彩な伝統世界の素晴らしさを感じていただけることを願っています。

参照文献:

南北朝時代の『昭明文選』

前漢・司馬遷『史記・始皇本紀』

唐朝・李隆基『封泰山玉牒文』

明朝・劉辰『国初事迹』

後漢・許慎『说文解字』

中華民国・徐珂『清稗類鈔』

唐朝・釈道世『法苑珠林』

東晋・筍氏『霊鬼志』

後漢・王充『論衡』

宋朝『太平広記』

Herrade de Landsberg,《Hortus deliciarum》, 12th century

John the Apostle,《Book of Revelation》, 1st century

François Daumas,《La valeur de l’or dans la pensée égyptienne》, 1956

明朝・李時珍『本草綱目』

後漢・劉熙『釈名』

唐朝・杜佑『通典』

『易経』

南朝・范曄『後漢書』

『観佛三昧海経』

(完)

 

明慧ネットより転載)

Arnaud H.