「航行の自由作戦」 中国を消耗させる米軍のボディブロー

2019/09/01
更新: 2019/09/01

南シナ海アメリカ海軍による「航行の自由作戦」が行なわれている。28日にも米海軍のミサイル駆逐艦「ウェイン・E・マイヤー」が、中国が領有権を主張する南シナ海の海域を航行した。中国は国家主権の侵害だとアメリカを批判。南シナ海は海上交通路に位置しており、中国の人工島がアメリカの安全保障を脅かす。だからアメリカは海軍を用いて中国の人工島を否定する作戦を継続している。

人工島の意味

海軍戦略は艦隊と基地ネットワーク。海洋戦略の中身は目的・手段・方法 。一つでも欠落すれば戦略は成立しない。中国が南シナ海に人工島を建設した理由は、中国の戦略でアメリカの戦略に対抗するためだ。

海軍戦略=艦隊+基地ネットワーク

海洋戦略=目的(制海権の獲得)・手段(敵艦隊+敵基地ネットワークの破壊)・方法(艦隊と基地ネットワークの造成)

制海権=艦隊+基地ネットワークの継続利用。

制空権=戦闘機隊+基地ネットワークの継続利用。

海戦の目的は制海権の獲得。手段は敵艦隊の撃破と敵基地ネットワークの破壊であり、方法は自艦隊の造成と基地ネットワークの建設になる。そして制海権・制空権は、基地から継続的に往復することで獲得できる。

問題になるのは基地から戦場までの継続的な往復で燃料が尽きると海を漂流するか墜落する。だから可能な限り戦場近くに基地を置く。中国は南シナ海でアメリカ海軍に対抗するために、戦略の方法として人工島の基地ネットワークを建設した。

それに対してアメリカ海軍は、戦略の手段として中国の人工島を否定する「航行の自由作戦」を継続している。今は平時だから直接人工島を攻撃できない。だから人工島海域を継続的に利用することで、暗に中国の基地ネットワークを否定している。

戦略は共通で目的も共通だが、中国は方法を優先し、アメリカ海軍は手段を優先している。双方の置かれた立場と、作戦構想の違いが平時から現れている。

コストパフォーマンスと人工島

陸戦では師団の後方25kmに小規模兵站基地を置き、後方50kmに中規模兵站基地を置く。そして後方100kmに大規模兵站基地を置くのが基本。こうしなければ継続的な補給が行えない。この配置は、古代ローマ帝国から現代まで変わらず使われている。

だが海では一定間隔で島は存在しない。戦場に近い海域に島が存在すれば理想だが、現実には存在しないことが多い。だから各国の海軍は、平時から国外に戦場と想定する海域に基地を置く。そして基地と泊地の区分で明確に分けられている。

基地:戦略的地勢・戦力(兵員・装備)の休養・補給・整備・防護の機能。そのためには基地周辺に工場と技術、本国との兵站連絡施設が必要。

泊地:戦略的地勢・戦力の休養・軽整備の機能で十分。

基地の価値

1:戦略的地勢

2:戦力(兵員・装備)の休養、補給・整備

3:防護の機能

泊地の価値

1:戦略的地勢

2:戦力の休養・軽整備の機能

泊地と基地の特徴

泊地は海洋・航空戦力で簡単に無力化できるが、基地は陸軍が陸上から侵攻して攻撃しなければ無力化や奪取はできない。

中国が南シナ海に配置した人工島は泊地に該当する。人工島を強引に作り、強引に基地機能を付加した。だから既存の基地の条件に当てはまらないが、戦略的地勢から建設された。

戦争史を見ると人工島を基地化した戦例は存在する。これは戦時に必要だから作られたが、平時に作られたことは確認されない。記録に有ったとしても極めて稀。つまり中国の人工島は、戦争史から見ても初めての例かもしれない。

人工島基地が作られない理由はコストパフォーマンスが最悪だということにある。自然の島に基地を置く理由は戦略的地勢だけではない。その島に民間人が生活し都市が存在することが理由。都市が存在すると物流は平時から存在する。民間が使う物流を用いることで、軍事基地は安いコストで維持できる。

だが人工島になると民間の都市は存在しない。これは物流が存在しないから、軍隊が継続的に補給を行う必要が有る。そして戦争が終われば、人工島は即放棄された。これはコストパフォーマンスが悪く、戦時でしか使われない理由。

戦争史を見ていない中国

第二次大戦時のアメリカ海軍は、日本海軍と戦う目的でウルシー環礁を基地化した。戦略的に位置は良いが、戦争が終わると即放棄された。コストパフォーマンスが悪いから放棄するのだが、中国はこのことを理解しないで南シナ海に人工島を建設した。

だが中国は、南シナ海に複数の人工島を建設しネットワーク化した。アメリカ海軍でさえ実行したことが無い人工島の基地ネットワーク。3000年の戦争史を見ても中国が初めての例と言える。

アメリカ海軍による手段破壊

理屈としては人工島の基地ネットワークは成立する。だが経験則から見れば、コストパフォーマンスと現実を無視しているので戦略が成立しない。中国の人工島は存在するだけで金食い虫。

アメリカ海軍が「航行の自由作戦」を実行すると、その度に中国は人工島の基地ネットワークを使う。これは軍事行動だから金を食う。コストパフォーマンスが悪い人工島に対して使えば、中国の経済的負担は大きくなる。

つまりアメリカ海軍は、中国の弱点を利用して打撃を与えている。これはボクシングで言えばボディブローの連続。直ぐには倒せなくても相手の体力を消耗させる作戦。つまりアメリカ海軍は、既に中国を追い詰めている。

 

 


執筆者:上岡 龍次(Ryuji Ueoka)

プロフィール:戦争学研究家、1971年3月19日生まれ。愛媛県出身。九州東海大学大学院卒(情報工学専攻修士)。軍事評論家である元陸将補の松村劭(つとむ)氏に師事。これ以後、日本では珍しい戦争学の研究家となる。

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