中国最高人民法院(最高裁)で起きた裁判記録盗難事件は急展開を見せた。最高裁の王林清裁判官は昨年、自身が担当する裁判の審理に最高裁の上層部が不正介入し、重要な裁判記録が自身の事務室から盗まれたと告発した。不正介入は最高裁トップの周強院長が指示したと王裁判官は名指しした。
中国共産党中央政法委員会はその後調査を開始。22日、盗難は告発者による「自作自演」だとの調査結果を発表した。予想外の展開に中国のネット社会は大揺れした。
きっかけ
昨年12月29日、中国国営中央テレビ(CCTV)元キャスターの崔永元氏がソーシャルメディアの微博で、王林清裁判官の告発を投稿したことがきっかけだった。崔氏は昨年、有名女優ファン・ビンビン(范氷氷)の巨額脱税をネット上で告発するなど中国では注目される存在になっている。
「2016年11月28日、王裁判官が『陝西千億鉱権案』の二審判決の記録が盗まれたことに気付いた。この記録には、弁護士らも閲覧を禁じられた審理内容と、最高裁上層部の指示や関係部門の意見が記されている」
「王裁判官が上層部に報告したにもかかわらず、最高裁は調査も、通報もせず、担当裁判官に対して新しい記録の作成を指示しただけだった」
陝西省楡林市の炭鉱開発権をめぐって、開発業者で民営企業の凱奇莱エネルギー投資公司が2006年、同省の西安地質鉱産勘査開発院有限公司(以下、西安勘査院)を相手に、訴訟を起こした。西安勘査院は凱奇莱と同省北榆林に位置する炭鉱開発の契約を結んだ後、炭鉱に豊富な埋蔵量があることが明らかになり、開発権を別の開発業者に与えた。同炭鉱の資産価値は1000億元(約1兆6557億円)以上だという。王林清裁判官は、訴訟の二審を担当していた。
中国最高裁はその後、崔氏の投稿について否定した。しかし、崔氏は微博に反論記事を連投した。世論の関心が高まるにつれ、最高裁は一転し、崔氏の指摘が「事実だ」と認め、調査の開始を発表した。
中国メディア、華夏時報は同年12月30日、王林清裁判官の告発動画をネット上で公開した。王裁判官は、最高裁が過去2年間、記録の紛失を調査しなかったことを強調し、最高裁トップの周強院長が西安勘査院に有利な判決を下すよう指示したと暴いた。王裁判官はその後も別々の2本の暴露動画を公開した。
動画の撮影と公開の目的について、王裁判官は「不測の事態に備えて、自分の身を守るため」と動画で語った。
中国国営新華社通信は22日、党中央政法委員会の主導下で、党中央規律委員会国家監査委員会、最高人民検察院(最高検)、公安部が共同で捜査を行ったと報道した。当局は、王裁判官が職場に強い不満を持っていたため、裁判記録を自宅に持ち帰ったと主張し、王裁判官に対して国家機密漏えいの容疑で追及するとした。
CCTVは同日、王裁判官が罪を認めた映像を放送した。
捜査への不信感
事態の急展開に、ネットユーザーらは中国当局の調査結果は茶番だと相次いで皮肉なコメントを書き込んだ。
「王裁判官が自ら記録を盗み出した後、積極的に上層部に捜査するよう要求した。その過程で、上層部に監視カメラも調べるようにと求めた。しかし、上層部は裁判記録がなくなったという事態に焦ることもなく、ぐずぐずしていた。これを見兼ねた王裁判官がついに、メディアに暴露したということですね。(本当なら、)このIQレベル(の低さ)は人類が認識できる極限を超えている。しかし、王裁判官は博士号を持つ知識人なのに」
「結局王裁判官は、自ら機密文書を盗んだと皆に知ってほしいから、網紅(ネットインフルエンサー)である崔永元氏に助けを求めたということだった」
「最も簡単な事案ですら、その裁判記録が十数冊あるだろう。王裁判官は一晩中、大量な裁判記録を一人で家に持ち帰ったって?裁判記録を何かの箱に入れて、1回で持ち帰ったのか?それとも、何回かに分けて持ち帰ったのか?もし、1回で全部の資料を持ち帰ったなら、目立ちすぎるよね。何回かに分けて持ち出したにしても、やはり目立つ。最高裁の警備にあたる武装警察らは、全く役に立たないということだ。王裁判官がこれほど怪しいなら、武装警察らは気付くだろう」
崔永元氏は22日以降、自身の微博アカウントを更新していない。米ボイス・オブ・アメリカ(VOA)などの海外中国語メディアによると、中国国内では、崔氏がすでに当局によって身柄を拘束されたとの見方が広がっている。
法学者「憲法違反」
中国人権弁護士の謝燕益氏は大紀元の取材に対して、中国共産党中央政法委員会による最高裁への調査は「明白な憲法違反だ」と指摘した。
謝弁護士によれば、現在の憲法と関連法令では、最高裁への監督権、または最高裁の不正に対して司法審査を行う権限は、国家最高権力機関である全国人民代表大会(全人代、国会に相当)と全人代常務委員会の特別調査委員会にあると定められている。「全人代の調査プロセスのみが合法だ」
米VOAによると、中国憲法に詳しい学者、陳永苗氏は、炭鉱開発権をめぐる重要案件の裁判記録窃盗は、中国共産党体制内の対立と権力闘争の激しさを反映したと分析した。また、中国当局の捜査は憲法違反であるうえ、当局が掲げる「法によって国を治める」というスローガンにも相反している。
大紀元コメンテーター、周暁輝氏は、中国共産党中央政法委員会は長い間、党内江沢民派の支配を受けていると指摘した。最高裁トップの周強院長も江派のメンバーだとされている。
陳永苗氏も事態の急転直下は「党内の激しい権力闘争によるものだ」との認識を示した。
(翻訳編集・張哲)