【大紀元日本11月6日】中国軍部の重要会議「全軍政治工作会議」が10月30日~11月2日に南部の福建省上杭県古田鎮(区)で開催された。この全軍政治工作会議は、江沢民時代の1999年7月に北京で開かれて以来で、部外者は今回の会議を「新古田会議」と名付けた。大紀元時報米国本部の専属コラムニスト趙迩珺氏はそこから読み取れるメッセージなどを詳しく分析した。
以下はその全文の和訳である。
84年前の1929年12月28日~29日、同じ地区で、軍の重要会議「第九回全軍党代表大会」(古田会議)が開かれた。この会議で毛沢東は、朱徳との権力闘争に勝ち、軍の主導権を掌握できた。会議は「朱・毛の争い」を解決するためだった。
中国政府系メディアの報道によると、今回の新古田会議は習近平党総書記(中央軍事委員会主席、国家主席)の提案で開催され、軍各級の幹部と代表およそ420人が参加、習氏自身は10月31日に出席し談話を発表した。
新古田会議からは次の三つの重大メッセージが読み取れる。
★中国共産党政権内部の「習・江の戦い」は非常に激しい
軍の主導権を争う習陣営と江沢民派の戦いは指導部内部で白熱化する中、習氏はこの会議を通して軍の完全支配権を手に入れようとしている。軍を牛耳っていた江沢民派への宣戦布告とみてもよい。
★習氏は古巣の福建省をきわめて重視している
かつて17年の間、習氏は福建省で省長のほか、厦門市、福州市など同省各主要都市のトップをも歴任、同省軍部と親密な関係を築いた。今回、習氏が軍の高級幹部を古巣に召集しこの会議を開いたのは、江沢民派勢力を威喝するためでもある。
★習氏は引き続き江沢民派勢力を大規模に排除
起訴に向け審査に入った軍の元ナンバー2、江沢民の側近・徐才厚について、習氏は今回の談話で、同案件を特に重視し、厳粛に受け止めるようにと強調、「教訓を深く反省、影響を徹底的に取り除く」と檄を飛ばした。すなわち、江沢民派勢力を完全排除するための軍の高級幹部の支持を要求した。
2013年6月の中国国内メディアの報道によると、江沢民派の若手後継者で重慶市元トップの薄煕来・無期懲役囚を押さえたとき、習氏はほとんど表舞台に出なかった。
今の習氏にとって、江・元最高指導者や、その右腕である曽慶紅・元国家副主席を捕えるのはむしろ難題ではない。両者はすでに自宅監視に置かれている。あえて言えば、江沢民派の現役高官で共産党中央政治局常務委員である、張徳江、劉雲山、張高麗の3人の扱いの方が面倒である。場合によっては、習氏自身が自ら指揮を執って捕えることになるであろう。
江沢民派勢力を排除するにはもう一つのリスクが潜んでいる。挫折した場合、江沢民派は支配下の軍事勢力をかき集めて「反乱」をおこしかねないということだ。こういう危険な局面に遭うとき、習氏は特に福建閥の力を借りなければならない。重大な状況下で重要な決断を下すとき、やはり自分の腹心に頼るであろう。
84年前の「朱・毛の争い」は「和解」できたが、いまの「習・江の戦い」は中断の可能性はない。もし、習氏が一定の期間内に江沢民派勢力を根絶するための案を固めなければ、相手はいずれ隙に乗じて反撃し、一挙に習氏を撃沈しようとする。まさに「命がけの戦い」である。香港の民主化デモを誘発した江沢民派は、武力弾圧を行うことで習指導部に対する国際批判を高まらせ、最終的に習氏を失脚に追い込むことを計画している。この知られざる内幕は、両者の戦いの熾烈さをさらに立証した。
胡錦濤・前最高指導者から受け継いだ権力で、徐才厚と周永康を収めることができた習氏は、江沢民、曽慶紅、張徳江、劉雲山、張高麗を取り除くために、自らの手腕が試される。
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