【大紀元日本11月25日】ウクライナ人抗議集団が18日、マンハッタンのニューヨーク・タイムズ本社前に集まり、1932―33年の間に発生したウクライナのジェノサイド事件を隠蔽したことで、同社の元モスクワ駐在員ウォルター・デュランティー氏のピューリツァ賞(1932年)を取り消すよう求めた。
旧ソビエト政権のスターリン時代、1932-33年の間モスクワ当局が意図的にウクライナの1,000万人近くを餓死させた際、デュランティー氏はその事実を隠蔽工作したとされている。同氏はニューヨーク・タイムズのモスクワ支局勤務中、ソビエト当局と強い癒着を形成した。当時、ソビエトはウクライナへの支配力を強めるため国内統制を行った。同氏の虚偽の報道は海外の公論を戦略的に欺くために大いに役立った経緯がある。
同氏は、1933年11月15日号で「飢饉や飢餓などなく、将来も全く無いだろう」と報じ、同年8月24日号では「飢饉等の報道があったとすれば、それは誇張か悪意のある宣伝」と報じた。同氏はさらにウクライナの真実に触れようとする外国人記者たちを「全くの嘘つき」と攻撃した。英国外務省のガレス・ジョーンズ氏がウクライナの惨状を報告したところ、デュランティー氏らに袋叩きに遭ったという。
オレンジ革命後のウクライナでは、ビクトル・ユーシェンコ大統領が当時のソビエト当局によるジェノサイドを記念する『虐殺記念館』を建造しようとしており、ウクライナの人々はジェノサイドを誘発した嘘を記憶にとどめるために、そこにピューリツァ賞メダルを掛けたいとしている。ニューヨーク・タイムズ本社前で抗議するマルコ・サパロン氏は「私の父は、ソビエト当局の飢餓統制で二人の弟を失い、今も悲しみに沈んでいる」「ウクライナはより自由で民主的になった。ユーシェンコ大統領は二度とこのような悲劇が起こらないようにと記念館を設立しようとしている。そこに掛けられるべきは、ピューリツァ賞のメダルです」と述べた。