1918年、大阪。
一人の23歳の若者が、
小さな小屋を借り、
電気ソケットの製造を始めた。
資金もなく、学歴もない。
小学校すら卒業していなかった。
職人は彼自身と妻、そして義理の弟の3人だけだった。
その若者の名は、松下幸之助。
この小さな小屋が、
のちに松下電器(現パナソニック)という
世界最大級の電機メーカーになるとは、
当時、誰も知る由がなかった。

松下幸之助が成功を収めたのち、
ある人が彼に尋ねた。
「あなたの経営理念は何ですか?」
彼はひとつの物語を語った。
ある日、
道を歩いていると、一人の人間が水道水を飲んでいるのが見えたという。
水道水は非常に安く、誰にでも手が届く。
水道水を飲んだからといって、わざわざ水道局に感謝する人はいない。
それでも水道局は毎日、真面目に水を一軒一軒送り届けている。
彼は、はっと悟った。
企業とは、水道局のようであるべきなのだ。
優れた製品を、
十分に良く、十分に安く作り、
すべての一般庶民が使えるようにすること。
儲けるためではない。
それが、企業の社会に対する責任だからである。
彼はこれをこう呼んだ。
「水道哲学」と。
この言葉の裏にあるもの、それこそが「仁」である。
孟子の言う「仁」とは、
身近な人だけに良くすることではない。
その慈しみを、見ず知らずの人にまで広げることである。
「老いたるを老いて、もって人の老いたるに及ぼし、幼きを幼くして、もって人の幼きに及ぼす(自分の親を敬う心を他人の親に広げ、我が子を愛する心を他人の子に広げる)」
松下は論語を読んだことがなかった。
しかし、彼は一企業を通じて、
この言葉の意味を体現したのである。
普通の家庭が、
電灯を使えるように、ラジオを使えるように、
そして洗濯機を使えるようにすること。
これは慈善活動ではない。
一人の人間が、
天下のすべての人々の暮らしを、
己の心の中に宿した結果なのだ。

松下幸之助は、こんな言葉も残している。
「松下電器は人をつくる会社です。あわせて電気器具もつくっています」
多くの人は、初めてこれを聴いたとき、笑うかもしれない。
だが、彼は本気だった。
人の心が良くなってこそ、作られる物も良くなる。
社員が幸せであってこそ、顧客もその真心を感じ取ることができる。
彼はそう信じていた。
だからこそ、彼は膨大な時間を費やし、
技術だけでなく、
社員の人格を磨くことに注力した。
これこそが、儒教の「修身(しゅうしん)」の思想である。
まずは己を修めてこそ、万事を成し遂げることができる。
1989年、
松下幸之助はこの世を去った。
享年94歳。
彼が残したものは、
一国をまたぐ大企業だけではない。
数々の特許や製品だけでもない。
彼が残したのは、ひとつの問いである。
「君がその仕事をするのは、一体誰のためなのか?」
自分のためではない。
君の製品を使う、すべての普通の人々のためである。
水道水は、
音も立てずにすべての家庭へと流れ込み、
見返りを求めず、感謝も求めない。
これこそが、「仁」の最も素朴な姿なのだ。

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