中国共産党総書記の江沢民(後列、左から2番目)と日本首相の宮沢喜一(後列中央)が見守る中。(写真:カズヒロ・ノギ / AFP) (Photo by KAZUHIRO NOGI/AFP via Getty Images)

強硬か融和か 変遷する日本の対中姿勢と政権の明暗

1989年の天安門事件で国際社会から批判と制裁を受け、孤立した中国にいち早く手を差し伸べたのは日本だった。その後、中国共産党 党首 江沢民の来日へとつながった。冷戦後のアジア秩序が揺れる中、日本は中国の改革開放路線を支え、円借款を通じて都市インフラや産業基盤の整備を後押しし、日中関係は穏便だった。

中国がWTOへ加盟し、急速に世界経済の中心へと浮上した2001年以降の歴代政権の歩みを見ると、対中姿勢の明確さが政権の安定と一定の関係を持ってきた様子も浮かぶ。小泉政権や第二次安倍政権のように対中警戒を鮮明にした政権は長期化している。一方で、融和を掲げていた小泉首相後、安倍、福田、麻生と続いた自民党政権から民主党政権は短命に終わっている。

今回は中国のWTO加盟から現在まで、日本の各政権での対中政策や対中姿勢、社会の出来事などを振り返ってみたい。

▶ 続きを読む
関連記事
イラン当局のAI合成動画がモジュタバ・ハメネイの生存を偽装するも衣服の矛盾で露呈。ロンドン億ポンド資産、海軍壊滅、監視企業爆撃、フーゼスターン石油反乱、女子サッカー亡命が体制の6亀裂を象徴
日本の戦略的覚醒は、もはや理論上の議論ではない。現実の政策として進行している。ここ数週間、東京は日本最西端の有人島であり台湾から約70マイル(約110キロ)に位置する与那国島に、最新の地対空ミサイルシステムを配備する計画を確認した。
中国の王毅外相が全人代会見で米国の「拳は硬い」と認め、中共のイラン支援力不足を露呈。米中関係で台湾に触れず、日中でも高市氏を名指しせずトーンダウン。外交の脆弱さが浮き彫りに​
中国外交部の台湾高官訪日に対する非難の裏には、日本の沖縄主権を脅かす「三戦」の罠が潜んでいる。表面的な恫喝に怯むことなく、毅然とした対抗措置と国際社会への情報発信の重要性を説くオピニオン記事
マドゥロ政およびチャベス前政権の下で、ベネズエラはかつて南米で最も豊かな国であり、世界でも上位20位に入る富裕国家の一つとされた地位から、「破綻した産油国」へと転落した。