「卵チャーハン」が禁句に? 中国の著名料理人が、謝罪に追い込まれる
朝鮮戦争(1950~1953)の最中であった1950年11月25日のことである。毛沢東の長男である毛岸英氏は、北朝鮮への援軍である義勇軍(中国人民志願軍)を指揮する彭徳懐司令のロシア語通訳として従軍していたが、この日、米軍機の攻撃を受けて死亡した。
その死をめぐっては、毛岸英氏が火気厳禁の軍規を破り、かまどに火をおこして「卵チャーハン」を作ったエピソードが知られている。
その際「調理の煙が立ち昇り、上空にいた米軍機に位置を知られたためナパーム弾の攻撃を受けて死亡した」という説が、真偽のほどは定かではないが、以前から中国人の間では広く知られていた。
関連記事
中国で長い列ができるのは「病院、米国大使館、そして信訪局」ともいわれる。最後の望みをかけて政府に訴えに来た人々。最後の訴え先で行き場を失った陳情者たち。その絶望は、どこへ向かうのか
中国南部で豚の大量死が相次ぐ。さらに病気や死亡した豚が市場や学校給食に流れているとの告発も。アフリカ豚熱が広がるたびに繰り返される「病死豚はどこへ行くのか」という問題
中国大手フリマで、また性的取引への誘導が発覚。対策を続けても問題は繰り返されている
その「おすすめ」、本当に人気?中国の旅行サイトで「お金を払えば検索上位」の仕組みが問題に
習近平の訪米を前に、大紀元を襲った約500億回のサイバー攻撃。なぜ大紀元は繰り返し狙われるのか