運動が記憶力に良いことは広く知られていますが、その効果は実際にはいつ現れるのでしょうか。
最近の研究によると、たった1回の運動でも、脳は記憶力を高める方向へ変化し始める可能性があります。
研究者たちは、脳の深部に挿入した電極を用いて調査を行い、短時間のサイクリングを1回行うだけで、「リップル」と呼ばれる電気信号の活動が大幅に増加することを発見しました。このリップルは、脳が記憶を処理し保存する際に用いる重要な信号です。
これらのリップルは、脳の記憶中枢である海馬で発生します。
「これは、脳がどのように記憶を定着させるかを示す最も強力な信号のひとつです」と、研究の責任著者であり、アイオワ大学の教授であるミシェル・ヴォス氏はエポックタイムズに語りました。
科学者たちは、このリップル現象を「脳が最近の出来事を舞台裏で素早くハイライト映像のように再生している状態」に例えることがあります。
「運動が記憶力に良い影響を与えることは以前から分かっていました。しかし、その変化が脳回路の電気活動にどれほど早く現れるのかは、これまで確認できていませんでした」とヴォス氏は述べています。
学術誌『Brain Communications』に掲載されたこの研究は、たった1回の運動が、人間の長期記憶や学習をどのように迅速に支える可能性があるのかを直接観察した初めての研究です。
脳内の小さな「リップル」――運動が脳の連携を改善する
今回の研究は、運動がどのように記憶力を高めるのかについて、これまで以上に明確な証拠を示しています。
「最も一貫して確認された結果は、海馬におけるリップルの発生率が増加したことでした。海馬は、新しい記憶を形成するうえで極めて重要な構造であることが分かっています」とヴォス氏は語りました。
研究には、薬剤抵抗性てんかん(薬で十分な効果が得られないてんかん)の成人14人が参加しました。彼らは脳手術の準備のため、脳内および脳表に電極を装着していました。この電極が、研究者たちに脳内で起きている現象を詳しく観察する貴重な機会を提供しました。
オーストリア科学技術研究所の研究者であり、本研究の共同主任著者であるフアン・ラミレス=ビジェガス氏は、エポックタイムズへのメール取材で、「電極は、機能的MRI(脳活動を可視化する画像検査)や頭皮脳波検査では得られないレベルの詳細な脳活動を記録できる」と説明しました。
さらに同氏は、電極によって「脳がどのように情報を処理しているかを、はるかに鮮明に観察できる」と述べています。
研究では一般的に、侵襲性(体への負担)の低い脳スキャンが多く用いられます。しかし、それでは実際に記憶を支えている高速な電気リズムを見逃してしまうことがあります。
「私たちは海馬リップルに注目しました。これは、てんかん患者にもそうでない人にも見られる脳波リズムです」とヴォス氏は説明しました。「私たちが測定しているのは、てんかん特有ではない、脳の基本的な信号伝達の仕組みなのです」
患者たちは病院のベッドの足元に設置された小型のエアロバイクを使い、推定最大心拍数の約50〜60%程度の軽度から中程度の強度で、およそ20分間ペダルをこぎました。
その結果、サイクリングを1回行った後、患者たちの海馬ではリップル活動が大きく増加していることが電極によって確認されました。
動物と人間の両方において、リップルは記憶固定(記憶を長期保存する過程)の重要な指標と考えられています。特に、脳が最近の体験を「再生」し、それを長期記憶として整理している際によく現れます。
これらのリップルは海馬から広がり、記憶や感情に関わるほかの脳領域と同期します。これは、運動によって記憶回路同士の連携がより効率的になることを示しています。
また、体をより強く動かすほど、脳への刺激も強くなるようです。
研究者たちは、運動中にやや高めの心拍数に達した患者ほど、複数の脳領域でリップル活動の増加が大きかったことを確認しました。
なお、この研究では参加者に対する記憶テストは実施されていません。
研究はてんかん患者を対象に行われましたが、研究者たちは、この発見は一般の人々にも当てはまる可能性があると述べています。
1回の運動でも記憶力は向上する
今回の発見は、なぜ心拍数を上げる運動によって記憶力や思考力が高まるのかを説明する手がかりになります。
もし運動によって、記憶の想起や長期記憶の固定を支える脳内リップルが活性化されるのであれば、何かを学んだ直後に短時間の運動を行うことで、その情報を脳が保持しやすくなる可能性があります。
「体を動かした直後には、即時的な効果があります」とヴォス氏は語っています。
新しいことを学んだ後に運動することで、その記憶の定着がより強化される可能性があります。
ヴォス氏にとって、それこそが今回の研究を特別なものにしている理由のひとつです。彼女のこれまでの研究の多くは、3カ月から6カ月にわたる継続的な運動が認知機能の低下をどのように遅らせるかを追跡するものでした。しかし、それでは目標が大きすぎて、難しく感じられることもあります。
今回の研究では、「1回だけでも何かをした場合、日常レベルでどのような恩恵が得られるのか」に焦点を当てたと彼女は述べています。
「達成不可能に思えるような大きな目標である必要はありません」とヴォス氏は語りました。「心拍数を上げる活動なら、どんなものでも構いません。たとえ1回10分を1日に数回でも、記憶回路がより効率的に働く助けになる可能性があります」
(翻訳編集 井田千景)
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