活躍する女将軍、敵軍を罠にはめる
そこで楊延昭は、諸将を集めて作戦計画を立てました。楊延昭が部隊の要員を組織してまもなく、敵である遼軍の韓昌も再び大軍を率いて淤口関(おこうかん)に迫ってきました。これを迎え撃つ宋軍は、岳勝、楊興、陳林などの諸将が軍勢を率いて関から出撃。女将軍の楊延琪も、女兵数百人を連れて、その一翼を担っています。
これを見た韓昌は、大声で笑いました。「楊六郎(楊延昭)め。そのような女兵を送り込んでくるとは、よほど我が鉄甲騎兵を恐れているのか。われらを倒せないとみて、いよいよ美女を献上して降伏するつもりらしい!」
女将軍の楊延琪が、これに応えて曰く。「韓昌よ。気でも触れたのか。その減らず口を塞ぐため、今おまえに一泡ふかせてやろう」そう大音(だいおん)を上げると、楊延琪は女兵を率いて、韓昌へまっすぐに突進しました。これに対して、韓昌が出る前に、そばに控えていた麻里と招吉の二将が前へ飛び出し、楊延琪の軍勢と戦い始めます。
さて、楊延琪の戦いぶりといえば、まさに獅子奮迅のごとし。遼軍の二将を相手に打ち合うこと数十合、いささかも引けを取りません。
その互角の戦いを見ていた韓昌が、ついにしびれを切らして叫びました。「男二人がかりで女一人が倒せないとは情けない。ええい、お前たち(麻里と招吉)では役に立たぬ。ここは、わしに任せよ!」馬にぴしりと鞭を当て、韓昌みずから戦場へ飛び出します。
韓昌は、相手の技量を探る手始めに、幾度か槍を繰り出しましたが、すべて楊延琪に身をかわされました。楊延琪の力量はと言えば、もちろん楊延昭には及びません。しかし、身のこなしが恐ろしく速いため、さすがの韓昌でさえ手こずったのです。
女将軍の楊延琪が、遼軍の主将・韓昌へ勇猛果敢に挑みます。幾十回かの激突の後、ついに韓昌がその本領を発揮し始めました。「見よ。崋山(中国陝西省の名峰)をも張り飛ばす、わが剛力を!」。いよいよ本気になった韓昌の前に、それまで攻勢であった楊延琪の構えも崩れ始め、手にしていた武器をあやうく跳ね飛ばされるところでした。
楊延琪は身を翻して後方へ下がり、そこから矢を射かけました。その矢は、不意を突かれた韓昌に命中しましたが、韓昌は大笑いしてこう言いました。「ははは、あの小娘め。なかなかこしゃくなことをするわい。もしもこの鋼鉄のよろいを着ていなければ、深手を負ったに違いない」
そこで韓昌は、隷下の鉄甲騎兵に出撃を命じました。楊家の女兵たちは、この戦力最強な鉄甲騎兵の軍団にいささかも怯むことなく、宋軍の兵士とともに勇敢に戦いました。女兵は、力では男に及ばないものの、動きが素早いのです。さらに彼女たちは、敵のよろいの継ぎ目を攻撃することを知っていました。
そのため、初めのうちこそ劣勢ではなかったのですが、やはり敵は多く、味方は寡兵。次第に押されてゆき、戦いながらの退却を強いられました。
韓昌の心中には、ある計略がありました。まずは兵を二手に分け、その一手である耶律休哥、麻里、招吉の部隊には、関所の前に陣を構える宋軍の岳勝と楊興に当てて、これを牽制します。
いっぽう韓昌自身は、耶律慶、土金秀、也龍、大鵬、黑塔などの諸将を率いて、あの女兵部隊に向かわせるという作戦です。
女将軍の楊延琪のほうは、はるか遠くに遼軍を見て、敵がこちらの計略にはまっていることを察知していました。なぜならば、女兵たちがすでに面具と頭巾を外し、その黒く艶やかな黒髪と、白く美しい面立ちをあらわにしていたからです。それを見た韓昌と遼軍の諸将は大喜びし、色めき立っていました。
韓昌は、こう言います。「なんという美人だ。あの女将をなんとしても捕らえて、思う存分楽しんでみたいものだ」その他の遼軍の諸将も、宋軍にいる若い女兵たちを見て、欲望のあまり両目が火になっていました。
楊延琪に続いて女兵たちは一路、東南へ走りました。すると遼軍も馬に鞭打ち、必死になって女兵たちを追いました。
至ったところは宋六流口という泥沼の湿地です。実は、これこそまさに楊延昭が仕掛けておいた「防御の関門」だったのです。
(つづく)
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