「何もしない」が命を救う? 予想外のがん治療法(中)
「待機的観察」における先回り戦略
待機的観察は受身的だと考えられていますが、実は反対に、従来の治療法とは異なる積極的で健康中心のアプローチであると、腫瘍学を専門とする統合医療医のネイサン・グッドイヤー博士は定義しています。
「待機的観察は、決して治療しないことを意味するのではありません。外科手術、化学療法、放射線療法、免疫療法といった従来の処置を行わないというだけです」と同氏は説明しました。
待機的観察においては、栄養摂取が基礎となります。グッドイヤー博士は免疫システムを強化し、がんに対する身体の防御を強化する上で栄養が重要だと指摘しています。定期的な運動、ストレス管理、回復のための睡眠、人間関係の育成などのライフスタイルの修正も同様に重要であり、これらは治療プロトコルに関係なく、がん患者の心身を包括的にサポートします。
体は問題のある細胞やがん細胞を積極的に除去していますが、このメカニズムが壊れるとがん細胞は増殖します。がん細胞の増殖は、喫煙や糖分の多い食事などのライフスタイルを選択することによって悪化する可能性があります。
積極的監視下にある非転移性前立腺がんの男性に焦点を当てた、2021年のERASE試験(前立腺がんの積極的監視中の運動に関する試験)は、がん治療においてライフスタイルの変化が有効であることを示しました。この研究では、負荷の大きい運動によって前立腺がんの主な指標であるPSA値が大幅に低下することがわかりました。参加患者においてPSA値の上昇が緩やかになることは、定期的な運動が病気の進行を遅らせる可能性があることを示唆しています。
これらの身体的な利点に加えて、待機的観察の重要な側面である「手放す」というアプローチが、治癒プロセスにおいて重要な役割を果たします。医療従事者と患者の経験が示すところによれば、「すぐに積極的な医療介入をしたい」という衝動を患者が手放し、時間をかけてすべての治療の選択肢について熟考するという、その精神的な変化それ自体が治療効果をもたらすといいます。不安が軽減され、自分自身で健康状態の変化をコントロールできるようになるのです。
がん治療の経済毒性
米国のがん治療費は、2015年の1,830億ドルから2030年までに2,460億ドル以上に増加すると予測されています。主な要因としては、高齢化、がん症例の増加、治療費の高騰などが挙げられます。
これらの経済的な悪影響は、患者の家計にとって深刻な負担となります。自己負担金、控除額、保険適用外の治療費などを含む年間の負担額総額は、約210億ドルに上ります。
米国における患者一人当たりのがん治療費は高額になる場合があり、特に無保険者にとって、化学療法や手術などの治療費は10万ドルから30万ドルに及びます。平均的な費用は約16万ドルです。
米国対がん協会キャンサー・アクション・ネットワークによる1,200人以上の患者を対象とした調査は、がんによる深刻な経済的被害を浮き彫りにしています。ほとんどの患者はその費用負担の準備ができておらず、ライフスタイルの変化や借金につながっています。患者の半数以上が信用スコアへの影響や借金の取り立てに直面し、多くの患者が治療を遅らせたり、より安価な治療法を選択したりしました。
さらに、米民主党のケイティ・ポーター下院議員の報告書は、抗がん剤のコストが大幅に上昇していることを明らかにしています。2021年の米国における新抗がん剤の平均価格は28万3,000ドルで、2017年と比べて53パーセント上昇しました。この価格高騰は年々続いています。
待機的観察と積極的監視により、がん治療の経済的負担が軽減される可能性があります。研究は十分ではありませんが、早期の発見によって、特に高齢患者の前立腺がんと甲状腺がんに対する高額治療の必要性が軽減されるなど、費用対効果が期待できます。
製薬業界やヘルスケア業界が推進する積極的な治療をめぐる議論は続いています。金銭的インセンティブが治療アプローチに影響を与えるかどうかということが、現在進行中の問題です。
過剰治療の問題
がん治療では過剰治療が頻繁に行われますが、これは患者の生活の質と生存率の両方に影響が及ぶ複雑な問題です。研究によって、新たに診断された患者の多くが必要以上に積極的な治療を受けても、生存率が大幅に向上するわけではないことが明らかになっています。
JAMA Surgeryの研究は、結腸がんを患う若年成人に焦点を当てています。研究では、若年者は高齢者よりも集中的な治療を受けていることが多いですが、それに応じた延命効果は見られないことが判明しました。この研究の著者らは、「治療効果に明らかな優位性がないにもかかわらず、大部分の若い患者が潜在的な長期毒性を伴う治療を受けている」と指摘しています。
さらに、他のある研究では、がんの過剰診断と過剰治療のリスクについて患者が危険なほど認識していないことが明らかになりました。大多数がこうした情報を望んでいるにもかかわらず、がんのスクリーニングを受けた患者のうちこれらのリスクについて知らされている者は10パーセント未満です。
医師は、自分たちが受けてきた教育と偏見によって、侵襲性の低い選択肢よりも積極的な治療を好みます。2021年の論文は、がん専門医が、患者の末期状態を認識していても、進行がんの症例に対して積極的な治療を続ける傾向について調査しています。こうした状況で治療を継続することは、病気と闘いたいという衝動と期待や恐怖が入り混じった「がんの過剰治療」として知られています。
論文著者らは、「がんの過剰治療は、『治療法は無限にあるのだから、医学にできないことはなく患者が死ぬことはない』という幻想を助長する」と振り返ります。この論文は、治療の執拗な追求がしばしば治療の現実的な結果を覆い隠し、誤った希望感を助長し、患者と医師の双方が病気の現実に直面することを妨げるという矛盾を強調しています。
がんとの「闘い」を再考する
がんは、その広がりと治療の過酷さにより、病気の中でも独特の脅威を感じさせます。治療においてはがん自体への攻撃だけでなく、身体への攻撃も伴います。
グッドイヤー博士は、従来の医学教育において、「衝撃と畏怖」を用いた迅速で積極的ながん治療が前提となっているとして批判しています。同氏は、この好戦的なアプローチが恐怖を増長し、病気に対する患者の態度に影響を与えうると指摘しています。
表現の上でも、がん治療はしばしば戦争になぞらえて語られてきました。スタンフォード大学の腫瘍学者で米国臨床腫瘍学会のリディア・シャピラ博士は、「がんを治療するというのは、戦争において敵と戦って制圧するようなものだと言われています。こうしたレトリックがすでに定着しているために、待機的観察は奇妙であるばかりか、患者の本能に反したものと見なされるのです」と説明しています。
研究によると、たとえリスクが最小限で、介入しない場合の生存率が高い場合でも、ある状態が「がん」と分類されることで、患者が不必要な手術に偏る可能性があることが示されています。
参加者に甲状腺に低リスクの結節が発見されたと設定した2019年の研究では、がんと診断されると多くの人が、リスクが小さく、治療しない場合の生存確率が99%であるにもかかわらず、手術を選択しました。
このような発見は、「がん」というレッテルが引き起こす過度の不安によって、待機的アプローチの方がより賢明かつ侵襲性が低い場合であっても、性急に治療を決定してしまう可能性があることを浮き彫りにしました。