Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)、Corporate Governance(コーポレート・ガバナンス/企業統治)、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標) 、という、英語ばかりをみると、元々日本企業には無かった概念かと誤解するかもしれません。
しかし、これもまた「欧米発」というのではなく、日本には昔からあった考え方でした。
そもそも米国でCSRなどを掲げなくてはならなくなったのは、「株式会社は株主のモノだから、高配当と株価UPだけを目指せばよい。」という米国での「株主至上主義」「利益至上主義」が、エンロンやリーマンブラザーズといった企業の不祥事の原因になったと言われました。
顧客・仕入元・従業員・地域社会という「株主以外のステーク・ホルダーも大事にされるべき」、という日本型経営は、「株主至上主義」が世界に広まった時代には日の目はみませんでした。
しかし「社会全体に対する責任」「企業内部を適正に治める」「地球規模での持続的成長を目指す」という、『金もうけ』以外のところに重点を置く、この考え方が最も古くから明文化されていたのは日本かもしれません。
渋沢栄一の「論語と算盤」の参考となった、また近江商人たちの「三方よし」という言葉は、「できるだけ多くの人に、できるだけ多くの幸福を 与えるように行動する」という意味です。
昔の日本人の価値観も「金儲けは卑しい」と見ていた点、アダム・スミス時代の欧州と似ています。そんな中で、「金儲け」と「社会貢献」をセットにして認められようとした、江戸時代の近江商人や明治の商人は、うまくやっていたのだと言われています。
「グローバル・スタンダード」と同じものが、昔の日本にはあった。そう考えると、世の為・人の為というビジネスが身近になるのではないでしょうか。
(大紀元日本ウェブ編集部)
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