(前稿より続く)
「牛乳」に違いがあるのか?
牛乳のタンパク質のうち、80%はカゼインという物質です。
カゼインはいくつかのサブタイプに分けられますが、その中の1つにβカゼインがあります。
科学者が生後4カ月の乳児の血清を調べたところ、牛乳を原料とする人工乳で育てられた乳児の血清には、βカゼインに対する抗体が含まれていることが分かりました。
つまり牛乳のβカゼインが「腸から漏れて」赤ちゃんの血液に入った場合、免疫反応を起こしてβカゼインに対する抗体を作るということです。これとは対照的に、母乳を飲む乳児の血清には、この抗体は存在しなかったと言います。
その後の研究により、牛乳のβカゼインはA1、A2などの変異したタイプに細分できることが分かっています。この2つの変異タイプには、免疫反応を誘発する能力に大きな差があります。
A 1は1型糖尿病に関連する膵島(膵臓にあってインシュリンを分泌する内分泌組織)に対して抗体を誘発しますが、A 2はそのような1型糖尿病への相関は見られませんでした。
アイスランドは「北欧の例外」
先述したように、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧は1型糖尿病の高発症地域です。デンマーク、英国、オランダ、米国、カナダがこれに続きます。
なお、興味深い点は、北大西洋上にあるアイスランドの1型糖尿病罹患率は、他の北欧諸国よりも明らかに低いことです。
牛乳のβカゼインについては、北欧ではA1タイプが一般的であり、中欧および南欧ではA2タイプのほうが多くなっています。ところが、地理的には北欧に属するアイスランドの乳牛のβカゼインは、A 2タイプが主なのです。これは、アイスランドの1型糖尿病の発生率が低い理由の1つになるかもしれません。
βカゼインのA1は、乳タンパク質の消化に由来するペプチドであるカソモルフィン(BCM 7)を放出しますが、A 2はそれを放出しません。
興味深いことに、BCM 7の配列と膵島の細胞表面にあるGLUT2タンパク質の配列はアミノ酸が1つしか異ならないため、BCM 7は自己免疫につながる抗原である可能性が高いのです。
細かく言うと、牛乳では、A1型のβカゼインは67番目のアミノ酸がヒスチジンであるのに対して、A2型βカゼインの67番目のアミノ酸はプロリンであり、このようなところに両者の違いが見られます。
「特定の牛乳」だけが要因ではない
もしこの理論が成立するならば、βカゼインをできるだけ加水分解してA1タイプのBCM 7を全て破壊すれば、それを原料とする粉ミルクの1型糖尿病リスクは低下するはずです。
検証にあたった科学者は230人の乳児を2群に分け、それぞれのグループに「加水分解した粉ミルク」と「普通の粉ミルク」による授乳を行いました。その結果、加水分解ミルクを与えられたグループの乳児は、10歳までに1型糖尿病になる確率は大幅に下がっていたと言います。この研究はその後、BCM 7理論の有力な根拠となりました。
しかし、物事はそれほど簡単ではありません。
南欧に位置する、イタリアのサルデーニャ島はもう一つの1型糖尿病の多発地区ですが、地元で生産される牛乳のβカゼインは、A 2変異タイプが主なのです。
約2000人の乳児を対象とした別の多国籍研究によると、母乳栄養を中止した後に、高度に加水分解された粉ミルクで授乳を継続しても、通常の粉ミルクと比較して1型糖尿病の発生率が低下することは示されませんでした。
このことから、BCM 7以外にも、他の自己免疫抗原が存在する可能性があると考えられるのです。
(次稿に続く)
(翻訳編集・鳥飼聡)
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。