テリー・ウィルソンさんは、歴史を生き生きと甦らせることに長けています。歴史教師として、かつては生徒たちに物語として歴史を伝えていましたが、今ではカナダ・トロント近郊にある故郷メドウベール村を自宅の裏庭に再現し、訪れる人々を魅了し続けています。
エポックタイムズの取材で、72歳のテリーさんはこう語りました。
「私はとても歴史的な環境の中で育ちました。1840年代や1850年代に建てられた建物が、いくつもそのまま残っていたのです。多くの人や子どもたちにとっては、まるで歴史番組をテレビで観るような体験かもしれません。でも私の場合、それが自分の家の通りに実際にあったのです」
彼は、学校の前にあった馬小屋の馬つなぎ用の柱や、学校帰りに鍛冶屋が仕事をしている姿を目にしたことを懐かしく思い出しています。

そんな素晴らしい場所で育ったテリーさんは、特に母親から受けた優しさと影響に深い感謝の意を表します。母はその小さな村でもひときわ美しく、分厚い眼鏡と小柄な体格で周囲になじめなかった少年時代の彼にとって、母親の存在は誇らしいものでした。
「実際、子どもの頃にリビングでテレビを観ていたとき、あまりに興奮して叫んだことがあります。『みんな、ママがテレビに出てる!』って。本当に母だと思ったんです。でも実際には、当時のミス・アメリカ、ベス・マイヤーソンが映っていただけでした」
しかし、ローズマリーさんが本当に輝いていたのは、その思いやりでした。
「私は母の人柄を本当に尊敬していました。とても素晴らしい人だと、ずっと分かっていました。母のキッチンはいつでも誰にでも開かれていました。村の誰かがつらい時や落ち込んでいる時、悲しい気持ちの時は、あの小さな家のキッチンに行けば、母がコーヒーを淹れてくれて、話を聞いてくれて、お菓子まで出してくれたんです」


すべてはここから始まった庭
年月とともに、メドウベール村の周囲は変化していきました。テリーさんが何十年も親しんできた村や農場は、次々と都市開発のために姿を消していったのです。
1998年のある日、集中豪雨の後、近隣の開発による排水溝のせいで、ローズマリーの庭は水浸しになりました。問題解決のために開発業者に相談したところ、思いがけない事実が判明しました。なんと業者は、ローズマリーさんの美しい庭を“販売促進”に使っていたのです。
実はその開発業者は、家の購入を検討している人たちに近所を歩いてもらい、ローズマリーさんの庭を見るよう勧めていたのです。業者は、購入希望者がその美しい庭を目にすれば購入の決め手になると分かっていたのでした。
業者は堂々とこう言いました。「ローズマリーの美しい庭は、我々が建物を売る際の代行をしてくれている。あなたの庭に何かあっては困ります」と。
業者はローズマリー親子を下にも置かぬ待遇をし、損害賠償を申し出ました。そして建設現場で、廃棄されていた良質な木材を見つけたテリーさんは、それをもらってもいいか尋ねました。業者は快諾し、「好きなだけ持っていってください」と言ってくれました。

そこで2人は、失われていく村の風景を保存しようと考え、自宅の裏庭にかつての歴史的建物の小さなレプリカを建てることにしたのです。
こうして一棟ずつ建てられ、小さな村が形になっていきました。現在では教会、製粉所が2つ、雑貨店を含む24棟が建っています。建物はテリーさんが建て、母ローズマリーさんはガレージセールやオークション、寄付などでインテリアを集めました。いずれも19世紀当時の雰囲気に合う本物の品ばかりです。
この小さな村の完成には20年以上を要しました。メドウベール村の歴史と文化を守り、称えるための取り組みでした。
しかし、母ローズマリーさんはその完成を見ることなく、長いがん闘病の末、2015年に亡くなりました。息子テリーさんが、2人の夢を受け継いで村を完成させました。
テリーさんは、もともと建築には興味がなかったそうです。
「私はホッケーが好きで、木工や建築には全く関心がなかったんです。完全にゼロでしたね」

けれども、母の夢を叶えたいという想い、歴史への愛、そして美しいものを創りたいという気持ちが、彼を木工の道へと導いたのです。
村の建設にあたって、特別な工具が必要だったかとよく聞かれるそうですが、テリーさんの答えは皆を驚かせます。彼が使ったのは、ピクニックテーブルと金槌、そしてスキルソー(電動ノコギリ)だけでした。
家庭のぬくもりを分かち合って
再現されたこの村について、テリーさんは「当初とは目的が変わってきた」と話します。はじめは、自分たち家族のための個人的な癒しの場であり、都市化が進むなかで失われつつある“昔ながらの生活”を思い出す場でもありました。
やがて、地元の人々が訪れるようになりました。
「みんな、魅了されていました。静かな村を歩くことにとても安らぎを感じたようで、なかなか帰りたがらない人もいたんです。それで気づいたんです。私たちが村の歴史を保存するためにやっていたことが、自分たちだけでなく、多くの人を癒していたんだと」
数年前からテリーさんは、Facebookに写真とミニチュア村の歴史を投稿しはじめました。するとそれが瞬く間に拡散し、世界中から人々が村を見に来るようになったのです。

テリーさんは資金援助を受けておらず、入場料も一切取りません。訪問者が支援を申し出たときは、自身が執筆した数冊の本を紹介しています。それらの本には、かつてのメドウベール村、裏庭に再現した小さな村、そして母ローズマリーさんが果たした役割が描かれています。
テリーさんは、彼の小さな村も、自著の中で語る物語も、人々にとって特別な魅力があるのだと言います。
「それを見たり読んだりした人たちは、『この世界はまだ正気を保っていて、静かで穏やかな場所がちゃんとある』『人生のささやかな喜びが今も守られている』と感じてくれるようなんです」
(翻訳 芙蓉)
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。