吉良邸討ち入り。二代目山崎年信画、1886年
中国伝統文化と日本(六) 漢詩を遺した赤穂浪士
江戸時代の中期、元禄16年(1703)というと今から319年前のことになる。
その2月4日(新暦3月20日)に、前年の12月14日に本所松坂町の吉良邸へ討ち入った赤穂46士(47士のうち寺坂吉右衛門を除く)が、幕命により切腹して果てた。
その赤穂浪士のなかに武林隆重(1672~1703)という侍がいた。唯七(ただしち)という通称で呼ばれることが多かったので、後世の芝居や映画では、多くその名前で登場する。以下、それに倣う。
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