【紀元曙光】2020年4月13日
東京は、その近代以降の歴史において、完全焼失といってもよい大規模火災を2度経験している。
▼2度目のほうを先に言うと、昭和20年3月10日未明の米軍空襲によるもので、東京の下町一帯を焼き尽くした。第二次大戦中に東京区部が受けた空襲は60回を超えるが、その中の最大規模である。日本の戦意を一気にくじくため、民衆の居住地へ大量の焼夷弾を撒く焦土作戦であった。
▼書きたくなったので記すが、その指揮をとったカーチス・ルメイ少将(最終階級は大将)は、後日の、日本への原爆投下部隊の指揮官でもある。ルメイは前年の12月18日、日本での焦土作戦を想定して、まだ日本軍の統治下にあった中国武漢(漢口)へ大規模空襲を行っている。武漢は、市街地の半分を焼失した。
▼話を戻す。1度目の東京の災禍は、大正12年9月1日に起きた関東大震災による火災であった。江戸期以来、木材と紙の家屋である東京は実によく燃えた。隅田川にかけられた木橋も焼け落ちて、避難民の退路を絶った。190万人が被災。火災で約10万人が死んだ。
▼帝都復興を計画立案し陣頭指揮をとったのが東京市第7代知事、後藤新平である。台湾総督府民生長官として台湾の近代化を推進。思想的には親ソの傾向があったが、現場や現地に誠実に向き合う実務家としては、多くの業績を残した人物といってよい。隅田川の橋が今日の鉄橋になったのも、その一環である。
▼後藤新平が没したのは昭和4年(1929)4月13日。先人の御霊あらば、東京と日本を守るため、現都知事の傍らにて、ご助力を賜りたい。
関連記事
子どもを守るつもりの行動が、実は自信や回復力を弱めていることがあります。心理学者が指摘する「過度な養育」の5つのサインと、子どもの自立を育てる関わり方を解説します。
古代中国の食医は、薬ではなく「食事」で体を整えていました。五行や季節の変化を読み取り、食材の性質で気の流れを調える――東洋医学の原点にある食の知恵を解説します。中医学
食養生
薬食同源
睡眠時間を少し削るだけでも、将来の健康に影響するかもしれません。最新研究では、睡眠は食事や運動以上に寿命と強く関係する可能性が示されました。なぜ十分な睡眠が長生きにつながるのか、その理由と健康への影響をわかりやすく解説します。
突然の不調に、足がヒントをくれる?中医学と最新研究から読み解く足反射ゾーンの仕組みと、自宅でできるやさしいケア法を解説。見る・触れるだけでわかる体からのサインも紹介します。
助ければ感謝されるとは限らない——イソップ寓話「オオカミとツル」が伝えるのは、人の善意と期待の落とし穴。