【漢詩の楽しみ】劍門道中遇微雨(剣門の道中にて微雨に遇う)

衣上征塵雜酒痕

遠遊無處不消魂

此身合是詩人未

細雨騎驢入劍門

衣上(いじょう)の征塵(せいじん)酒痕(しゅこん)を雑(まじ)う。遠遊(えんゆう)処(ところ)として消魂せざるは無し。此(こ)の身、合(まさ)に是れ詩人なるべきや未(いな)や。細雨(さいう)驢(ろ)に騎(の)りて剣門に入る。

詩に云う。私の衣は、旅のほこりと酒のしみが混じって汚れている。そんな長旅のどこにいても、私の魂は激しく揺れていた。この私は、いったい詩人になるべき人間なのかどうか。それを思いながら、細やかな雨のなか、驢馬に乗って剣門に入っていく。

この一首が、陸游(りくゆう 1125~1209)の作であることに、少なからぬ驚きを覚えた。陸游このとき48歳。「おれは詩人になるべき人間なのか」、そう鬱々と自問する詩中の人物と、生涯の作詩1万首をかぞえる南宋の大詩人の印象が、すぐには結びつかなかったからだ。

剣門とは、四川省剣閣県の北にある山地で、北側から蜀の地へ入る関門になっていた。地形は険しく、左右から剣を立てたような絶壁が迫っている道だという。そうした特異な風景と霧雨のなかを、ロバに乗った陸游は、極度に内省的な思考状態になって、重い歩みを進めていくのである。

陸游は85年の生涯を全うした。当時としては稀有な長命であったと言ってよいが、その一生は、北方から迫りくる異民族の金(きん)に対して、祖国を防衛するため徹底抗戦を叫び続けるという激しいものであった。陸游が生まれた翌年に、北宋の首都である汴京(べんけい、今の開封)が金に占領された。

以来、漢土の北半分は金に奪われたままである。かろうじて残った南宋は、その領土とともに、中華王朝の権威と正統性を死守しなければならなかった。しかし、この詩の時点で、すでに名将であり救国の英雄であった岳飛(がくひ)は謀殺されており、その岳飛を亡きものにした秦檜(しんかい)も死んでいる。南宋は対金政策において、主戦論ではもちろんなく、かといって講和による有効な活路も見いだせず、金に占領された国土を割譲する屈辱的な和議を結ぶだけであった。こうしたなかで陸游は、その純粋なまでの祖国愛が直言となり、火を吹くような詩文となったため、官界という伏魔殿で多くの敵をつくった。

かつての屈原(くつげん)と同じく、陸游が憂国の詩人と称される理由がここにある。彼は、数多くの罷免や左遷の憂き目に遭いながら、ときに理解者にめぐり会い、招聘されることもあった。ただしこの詩はというと、招聘されて任地へ来たものの、風向きが変   

わってその任を解かれたため別の土地へゆく、大失意の場面なのである。

「おれは詩人になるべき人間なのか」。それは、憂国の詩こそが心の叫びであった陸游の、もう一つの真実の声だったに違いない。

(聡)

 

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