6カ月に七十余りの城を攻め落とし、諸葛孔明でも憧れた名将は誰?(一)
楽毅(がく き、生没年不明)は魏の出身で、祖父の楽羊は魏文候に仕えた武将であり、かつて中山国を滅ぼした。戦功の褒美として中山の首都・霊寿を授けられ、その後、楽羊とその子孫は霊寿に住み着いた。しかし、魏文候の死後、歴代の君主は奮わず、趙との中山の戦いで中山が趙の武霊王に滅ぼされた後、楽毅は一旦趙に入った。
武霊王は楽毅のことを高く評価していたが、「沙丘の乱」で息子の恵文王に殺された。楽毅は後継者の恵文王から邪険にされ、重用されなかったため魏に戻ることにした。その後、魏の使者として燕に遣わされることになった。燕の昭王は、先見の明がある優れた人物であり、賢者を礼遇した。昭王は楽毅の才能に着目し、「上卿」という官職に任じようとしたが、楽毅は昭王からの重用に対し、「誠に恐縮ですが、私のような外の者が『上卿』のような要職はお受けしかねます。一旦『亜卿』とさせていただき、燕に貢献し功績を立ててから要職に任じてください」と語った。
当時、斉の湣王は乱暴で傲慢、継承した権力を振りかざす王であった。自ら東帝と名乗り、斉の国力を背景に近隣の列国に対して恫喝的な外交を行い、恨みを買っていた。燕は斉によって一度滅びかけており、当時太子として辛酸を舐めた燕の昭王は、斉に対して強い恨みを抱いていた。湣王が愚昧で無能であることから、斉の征伐時機がやってきたと思い、楽毅に斉攻略についての意見を聞いた。
関連記事
大きないびき、息が止まる音、朝の疲労感。睡眠中の小さな異変が、心臓や脳に負担をかけることがあります。
良い人生は劇的な一瞬ではなく、小さな選択の積み重ねで作られます。その土台となる規律とは。
「気の持ちよう」は本当に体を変えるのでしょうか。最新の神経科学は、信念や期待が脳や体に現実の変化を起こす仕組みを解明し始めています。思考が健康を左右する驚きの科学に迫ります。
肩こり、腰の重さ、首の違和感。その原因は筋膜のこわばりかもしれません。寝る前にできる簡単ストレッチを紹介します。
部屋が散らかっていると、なぜ心まで疲れるのか。脳とストレスに与える影響を研究から紹介します。